起業 5件の記事

近道の値段

桐谷澪が始めたのは、自宅の台所で石鹸を煮る小さな仕事だった。 半年前まで、月の売上は数万円だった。それが、何気なく投稿した一枚の写真をきっかけに、注文が雪崩を打った。「アトリエ・ミオ」の名は業界の外にまで知られ、売上は数字の桁がひとつ、またひとつと増えていった。 嬉しさより先に来たのは、恐怖だっ...
2026-07-13 08:50:35

先渡しの約束

栗原誠は、独立して七年が経つ。中小企業のIT顧問を三社掛け持ちしながら、システム構築と運用相談を請け負ってきた。仕事は口コミだけで来た。「うちに合うものを作ってくれる」という信頼が、彼の唯一の看板だった。  半年前から、栗原は自分のための開発を始めた。業務フローを誰でも図示・共有できるウェブツール...
2026-05-30 08:11:18

自分の時計で

西條雅人は、今日も昼少し前に仕事を始めた。 事務所と言っても、地方都市の雑居ビルの三階を借りているだけだ。一部屋に机が二つ、本棚が三つ。もう一つの机には誰も座らない。従業員を雇ったことは一度もなく、すべての仕事を一人でこなしている。クライアントは近隣の中小企業ばかりで、月商は安定しているが、特に大...
2026-05-15 10:40:00

椅子のない部屋

川島誠一は、入社二十三年目の春に、自分の席がなくなっていることに気づいた。 出張から戻った月曜の朝、いつものフロアに上がると、見慣れたパーティションの配置が変わっていた。彼のデスクがあった場所には、フリーアドレス用の共有テーブルが置かれている。 「川島さん、三階の会議室Bに荷物まとめてあります」...
2026-01-15 17:02:37

黄色いノート

三好修平は、自分の机の引き出しに手を突っ込んだまま、動けなくなっていた。 十二年前の手帳が出てきたのだ。黄ばんだページをめくると、若い頃の乱雑な字が目に飛び込んできた。 「自分のブランドを持つ」 その一行が、胸に刺さった。 三好は大手アパレルメーカー「クロスウェア」の営業部長だった。四十五歳...
2026-01-06 11:52:04