ショートストーリー
時刻表を書いたのは誰か
論考
「どこかに勤める」という前提を疑う
序:解き方は前提の中にしか見つからない
共働きの家庭で、育児と仕事の両立が語られるとき、論点はたいてい決まっている。男性がもっと家事育児を担うべきだ、会社は時短や在宅勤務を広げるべきだ、国は家族への支出を増やすべきだ。どれも正しい。だが、これらはすべて「夫婦の双方がどこかの組織に勤め、決まった時間をそこに差し出す」という前提の上で、時間の配分を変えようとする議論でもある。前提が動かないかぎり、解き方は配分の調整に限られる。
問い:両立の議論の中で、出勤を前提としない選択肢はどれだけ検討されているか。
展開:時間を縛っているのは誰との約束か
自分で事業を営み、自分の裁量で稼いでいる人の一日を見ると、いつ寝て、いつ起き、いつシャワーを浴びるかに文句を言う人はいない。守るべきは顧客との約束であり、そのための外出もあるが、全体から見ればわずかだ。だから親が急に倒れれば、その日のうちに駆けつけられる。ここで縛りになっているのは「成果の約束」であって「在席の約束」ではない。一方、会社員の時間を細かく見ると、顧客との約束より、出社・会議・在席そのものが占める割合が大きいことが多い。夫婦の両方が成果の約束だけで働けるなら、どちらが会社に譲るかという争いは、そもそも起きにくい。
問い:自分の一週間のうち、社外との約束が占める時間は何割か。
反証:誰にでもできるわけではない
もちろん、これは誰にでもできる働き方ではない。収入は不安定になり、社会保険や信用の面で会社員より不利な場面もある。顧客を得る力、価格を決める力、自分を律する力が要る。この形で家族を養える人は、現状では限りなく少ないだろう。また、組織の制度改善や男性の家事参加の議論が不要になるわけでもない。大多数がいる場所の条件を良くすることには、それ自体に価値がある。
問い:自分が「できない」と判断した根拠は、試した結果か、試す前の想像か。
再構成:舞台を変えることを、考えてよい選択肢に戻す
それでも、「少数しかできない」ことと「自分にはできない」ことは別の命題だ。多くの人は、試す前に後者だと決めている。会社員であることを当然の前提として扱うと、それはもはや選択ではなくなり、検討の対象から消える。必要なのは、いきなり辞めることではない。副業の届けを出して一件引き受ける、自分の時間を会社を通さずに対価に換えてみる。そうした小さな試行で、「できない」を「まだやっていない」に置き換えることだ。一度できたことは、もう想像の中の不可能ではない。決められたルールの中で最善手を探すことと、ゲームの舞台そのものを選び直すことは、別の思考である。
問い:会社を通さずに対価を得た経験が、この一年で一度でもあるか。
示唆:思い込みは、やらない限り解けない
働き方の前提は、生まれつき与えられた条件ではなく、誰かが書いた時刻表に近い。それを守り続けるのも一つの選択だ。ただ、選択だと自覚して守るのと、前提だと気づかずに守るのとでは、取れる手が違う。できないと思い込んで何もしなければ、それは永久に実現しない。他人ができていることを、自分には無理だと言い切れる根拠を、一度点検してみる価値はある。
問い:家族の時間の問題を、配分ではなく舞台の問題として話し合ったことがあるか。
実務への含意
- 自分と家族の一週間を「社外との約束」と「在席・社内向けの時間」に分けて書き出し、時間を縛っているものの正体を確かめる
- 辞めるか残るかの二択にせず、副業の届けを出して小さな仕事を一件請け、会社を通さずに稼げるかを試す
- 「できない」と決める前に、すでにその働き方をしている人に会い、違いが能力なのか試した回数なのかを聞く
参考文献
- 『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』リンダ・グラットン(プレジデント社)
- 『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット(東洋経済新報社)
- 『フリーエージェント社会の到来 新装版 組織に雇われない新しい働き方』ダニエル・ピンク(ダイヤモンド社)