ショートストーリー
名刺に書いていないこと
論考
何で見つかるかは選べない——だから「誰なのか」を確かめられる場所を整えておく
序:注目された理由は、本業とは限らない
ビジネスSNSの使い方は、たいてい「専門性をどう打ち出すか」「どう発信して見つけてもらうか」で語られる。見つけてほしい分野を決め、その分野で目立つ。考え方としては筋が通っている。
だが現実の注目は、こちらの狙いどおりには来ない。趣味、癖、たまたま話した一言。本業とまったく関係のない側面で名前が広まり、思いもよらない相談が舞い込むことがある。そのとき相手は、どこからあなたに連絡してくるのか。
問い:これまで受けた相談のうち、自分が「打ち出していた分野」以外から来たものはいくつあるか。
展開:公開の職歴は、まず「この人は誰か」を伝える
知らない人に連絡するのは、連絡する側にとって小さくない賭けだ。相手が実在するのか、まともに応じてくれる人なのか、分からないまま声をかけるのは怖い。番組や記事を作った側に問い合わせても、出演者の連絡先は普通は教えてもらえない。結局、相手は名前と所属の手がかりで検索し、たどり着いた先を見て決める。
ここで効くのが、昇進・異動・出向・復帰のたびに職歴を書き換えるという、地味な習慣である。途切れずに並んだ経歴は、「何ができるか」を宣伝する前に、「この人は実在し、腰を据えて働いてきた人だ」という確認材料になる。だからこそ、職歴に書いていない側面についての相談でも、連絡はそこに届く。
新しい機会は、親しい人よりもゆるいつながりの先から来やすい、とよく言われる。ゆるいつながりの先にいる人は、こちらの想定とは違う角度からこちらを見ている。来る相談の分野が読めないのは当然なのだ。
問い:自分の名前と所属で検索したとき、初めて見る人が「連絡しても大丈夫そうだ」と思える情報が出てくるか。
反証:本業に結びつかないなら、意味はないのでは
反論は多い。第一に、本業の職歴を整えても、来るのが本業と無関係の相談なら、仕事としては実を結ばない。第二に、それならいっそ趣味や得意な側面も前面に出して書いたほうが、見つかりやすいのではないか。第三に、更新しても誰にも見られない期間のほうが圧倒的に長い。第四に、相談が来ても、相手の社内事情で話が流れることは珍しくない。
問い:本業と関係のない相談を一年分書き出したら、そのうち仕事や新しいつながりに発展したものはいくつあるか。
再構成:分野は選べないが、信用の土台は選べる
第二の反論から考える。趣味や面白い側面を前面に出すと、確かに目立つ。しかし目立つことと、知らない人が安心して連絡できることは別だ。面白さは入口になるが、連絡をためらわせないのは、むしろ地に足のついた職歴のほうである。面白さだけが並んだプロフィールは、注目は集めても、声をかける決め手になりにくい。
第一・第四の反論には、こう答えられる。思いがけない分野で相談が来たこと自体が、他人の目から見た自分の価値の観測データになる。自分では仕事と思っていなかった記録や習慣に、外の誰かが値段をつけようとした。それは、成約しなくても残る発見だ。
注目がいつ、何について来るかは選べない。選べるのは、来た人が安心して扉を叩ける状態にしておくかどうかだけである。
問い:自分では仕事と思っていない習慣や記録のうち、他人が「相談したい」と思いそうなものは何か。
示唆:名刺は「何ができるか」より先に「誰なのか」
公開の職歴は、専門性の広告として磨くだけのものではない。どんな分野の相談であれ、知らない人が最後に確かめに来る身元の証明でもある。節目ごとに名刺を刷り直すように更新しておけば、思いがけない入口から来た人も、迷わずにたどり着ける。
問い:最後にプロフィールを更新したのはいつで、その後に起きた節目はいくつあるか。
実務への含意
- 昇進・異動・出向・復帰・主要案件の終了を「更新の合図」と決め、その週のうちに公開の職歴を書き換える
- 外部からの連絡を受け付ける手段(メッセージの受付設定など)を開けておき、知らない人が声をかけられる状態を保つ
- 本業と無関係の相談が来たら、成約しなくても「何を見て、なぜ自分に連絡したか」を聞き、自分の思わぬ価値として記録する
参考文献
- 『スタートアップ! シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』リード・ホフマン、ベン・カスノーカ(日経BP社)
- 『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力』ニコラス・A・クリスタキス、ジェイムズ・H・ファウラー(講談社)
- 『弱いつながり 検索ワードを探す旅』東浩紀(幻冬舎)