ショートストーリー
値札のない適性
論考
その実績は、何でできているか——すり減らして積んだ年月と、まだ値札のない適性
序:同じ数字でも、中身は違う
実績には二種類ある。適性を発揮しながら積み上げたものと、向いていないと感じながらストレスに耐え、自分をすり減らして積み上げたものだ。外から見れば、どちらも同じ「◯年の経験」「◯件の成果」に見える。しかし後者を根拠に「これだけ実績があるのだから続けるべきだ」と考えるとき、人は消耗の記録を資産と取り違えている可能性がある。
問い:あなたの実績の一件一件は、手応えと消耗のどちらで支払われてきたか。
展開:棚卸しすると、我慢は手元に残らない
自分の才能を見つけて人生を組み直す手順として、過去を棚卸しして固定観念を取り除き、才能を細かい解像度で言葉にし、暮らし方を先に決めて仕事を後から設計する、という考え方がある。耐えて積んだ実績をこの手順で棚卸しすると、困ったことが起きる。言葉にできるのは「よく我慢した」ことばかりで、他の場所でも生きる手つきがほとんど残らないのだ。一方、誰にも頼まれずに休日に作ったものや、時間を忘れて取り組んだことには、細かく言葉にできる適性が詰まっていることが多い。
問い:誰にも頼まれていないのに続けてきたことは、何か。
反証:続けることにも、引き止めることにも理がある
とはいえ、すぐに方向を変えられる人は多くない。収入も家族もあり、新しい分野での実績はゼロだ。何年も助走に充てられる人は限られる。引き止める組織にも悪意はない。利益を追う以上、きつい持ち場を黙って担ってくれる人を手放したくないのは合理的な判断である。続けながら準備するのも、現実的な戦略の一つだ。
問い:今の職場で、あなたの向き不向きを尋ねてくれた人は何人いたか。
再構成:問題は「続けること」ではなく「流されて続けること」
問題は続けることそのものではない。自分の物差しを持たないまま、周囲の物差しで続けてしまうことだ。周囲の期待は多くの場合、組織の利益という物差しで測られている。そこに「ここで降りたら今までの我慢が無駄になる」という感覚が重なる。過去に払った費用を取り戻そうとして判断が歪むのは、人の意思決定によく見られる癖である。適性という物差しで自分を測ってくれる人は、社内にはほとんどいない。だから、その物差しは自分で持つか、社外に求めるしかない。
問い:あなたの適性を、利害抜きで評価してくれる人は、社外に何人いるか。
示唆:最初の実績は、小さな依頼から始まる
新しい分野で実績がないことは、動かない理由として最も強い。しかし実績は、誰かに小さく頼まれ、小さく応えるところからしか始まらない。キャリアの転換は計画よりも、小さな試行と人とのつながりの中で進むという研究もある。今の仕事を続けるかどうかとは別に、適性の側に小さな実績を一つ作る。それだけで「続けるか、辞めるか」は、消耗に耐えるかどうかの二択ではなくなる。
問い:今月、適性の側で引き受けられる小さな依頼は何か。
実務への含意
- 実績を一件ずつ振り返り、「手応えで積んだもの」と「消耗で積んだもの」に分けてみる
- 引き止めや昇進の打診を受けたら、それが誰のどんな利益に基づくものかを一度言葉にする
- 退職を決める前に、適性の側で報酬の出る小さな仕事を一つ引き受け、最初の実績を作る
参考文献
- 『ハーバード流 キャリア・チェンジ術』ハーミニア・イバーラ(翔泳社)
- 『LIFE SHIFT——100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット(東洋経済新報社)
- 『ファスト&スロー——あなたの意思はどのように決まるか?』ダニエル・カーネマン(早川書房)