ビジネス寓話 記事一覧
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静かすぎる部屋
住宅設備の商社、東邦アメニティが「どこでもワーク制度」を始めたのは、十一月の初めだった。成績上位者は出社しなくていい。勤務時間も自分で決めていい。社内報には「頑張った人へのごほうび」と書かれていた。
第一号に選ばれたのは、営業二課の三浦遥だった。三十二歳、三期連続で課のトップ。昼休みには必ず誰か...
名刺に書いていないこと
岩城がテレビに映ったのは、木曜の深夜だった。
「酒場で見つけた! ちょっと変な大人たち」。わずか十五分のコーナーで、岩城は立ち飲み屋のカウンターに肘をつき、二十年つけているハイボールの手帳を開いていた。店ごとの濃さを、氷の溶け方まで書いてある。テロップは「設備業界の岩城さん(52)」。社名も役職も...
畳んであった三行
丸栄製菓の通販チームは、十一月に入ると倉庫の空気まで甘くなる。お歳暮の箱詰めが始まるからだ。
主任の木下は、その季節がいちばん苦手だった。朝は出荷伝票を刷り、昼は問い合わせに返信し、夕方はパートさんと一緒に箱を組む。そのあいだ、課長の桐山は机にいて、ときどき声をかけるだけだ。
「木下くん、明日の...
二日目の依頼
東和資材の総務課で、村瀬は月末の転記を十分で終わらせていた。前任者は半日かけていた作業だ。
仕掛けは、自分で書いた小さなマクロだった。入門書は前半しか読んでいない。分からないところは、そのつど検索して継ぎはぎした。人に見せるような代物ではない、と本人は思っている。
四月、社内の掲示板に「困りごと...
待機席の笑い声
午後九時を回っても、フロアの半分は空席だった。
ラウンジ「ルミエール」の奥、観葉植物の陰にある待機席には、七人のキャストが並んで座っている。七人とも、手元のスマートフォンを見ていた。会話はない。画面の光が、ドレスの胸元を青白く照らしている。
店長の真壁は、その光景をカウンター越しに眺めながら、売...
一万円の通り道
三輪精工の朝礼で、専務の三輪拓也がホワイトボードに大きく書いた。
「地元で作り、地元で回す」
県外の協力会社に出しているメッキと切削の外注を、来期からすべて社内か地元の業者に切り替える。外に払っている年間八千万円を、町の中に留める。拓也の言葉に、何人かが頷いた。駅前の商店街のシャッターが一枚ずつ...
払える大きさ
月曜の朝、本社人事から届いた資料の一行目に、赤い太字があった。〈営業企画課 自己決定度 全社平均を大きく下回る〉。
佐伯は四十一歳、文具卸の営業企画課を預かって三年になる。資料には研修の要点も添えられていた。部下に自分で決めさせること。自分で決めた経験が、人を前向きにすること。読みながら、悪くな...
値札のない適性
戸川がフリーランスになって五年になる。自宅の二階で、業務システムの開発と、解説記事や動画の制作を請け負っている。何時に起きても、どれだけ働いても、誰にも何も言われない。そこに辿り着くまでに、会社員のまま八年の助走が要った。
大学の後輩の宮下から「相談がある」と連絡が来たのは、十月の終わりだった。
...
三分に一度の前置き
取引先との接待の帰り、二軒目のスナックを出たころには、柏木はまっすぐ歩けなくなっていた。物流会社の課長、四十八歳。タクシー乗り場の手前で「一杯だけどうですか」と声をかけられ、次長の久保に「お前なあ」と呆れられながら、気づけばガールズバーのカウンターに座っていた。
ミナと名乗った二十二、三の女性は、...
棚を歩く人
「理由は三つあります」
佐伯遥斗がそう切り出すと、会議室の空気が少しだけ締まる。文具メーカー・丸野文具の企画部で六年目。話し方の本で覚えたこの型を、彼は武器にしてきた。第一に、第二に、第三に。言い切って、以上です。それだけで「仕事ができる人」に見える。
その日の議題は、彼が温めてきた新商品だった...
三行目の人
岸本が電子書籍の売上画面を開くと、見慣れない赤い帯が出ていた。「規約違反により、アカウントを永久に停止しました」。
食品メーカーの経理課に勤めて十八年。夜と週末に書きためた小さな実用書は、月に数万円を運んでくるようになっていた。何がいけなかったのか、問い合わせても定型文しか返ってこない。規約を隅ま...
百点の返事
「はじめまして。絶賛ダメリーマンの沢井です」
沢井がそう名乗ったのは、謙遜ではなかった。
中堅の部品商社に勤めて十一年。営業成績は真ん中より少し下で、会議ではまず発言しない。言われた仕事はこなすが、それ以上はしない。そのかわり、夜中に自宅で書いている在庫管理のプログラムには、自分でも驚くほどの熱...
光は七枚目から
株式会社ミナモ意匠の企画課長・宮園には、どうしても取りたいコンペがあった。駅前の古い商店街が、閉じた店のシャッター十二枚に絵を描く。市が再生事業として予算をつけ、地元の制作会社三社が案を競う。
困ったことに、社内でいちばん面白い案を出したのは、入社二年目の春日だった。
春日の下絵は、左端の一枚目...
減らすための稟議書
汐見信用金庫港北支店の融資係、高梨遥の机に、三輪製作所の借り換え申請が回ってきたのは、月末の夕方だった。
三輪製作所は従業員十二人の金属加工の町工場で、取引は先代のころから続いている。ファイルをめくると、この十年、借入残高のグラフは一度も下を向いていなかった。借り換えのたびに、少しずつ上乗せされ...
修理台帳の白いページ
株式会社ひだまり木工は、職人四人と事務一人の小さな家具工房だ。創業四十年、新しく作るより、直す仕事のほうが多い。
企画担当の水野遥は、三年前からひとつの計画を温めていた。閉校した町の小学校から譲り受けた、体育館の床材で大きな食卓をつくる。何十年も子どもたちが走り回った板には、消えないコートの線と...
夕方六時の石
東洋精工の営業企画課で、沢井航は毎晩いちばん最後に照明を消す人間だった。入社六年目。同期の何人かは主任になったが、自分にはまだ声がかからない。足りないのは熱意だと沢井は考えていた。だから誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る。それがいつか誰かの目に留まるはずだった。
四月、海外子会社から時任という課...
名人のバット
真壁透は、面接を終えたビルのエレベーターで、鏡に映るスーツの襟を直した。ポケットのスマートフォンには、四社目の不採用通知がまだ開いたままになっている。
中堅部品メーカー「東和精機」で経営企画のマネジャーを務めて八年。四十三歳。平日の夜と週末をすべて注ぎ込み、二年かけて社会人大学院でMBAを取った。...
三つ目の「なぜ」
業務用厨房機器メーカー、ミナカタ製作所の営業企画課で、岸本遥は資料の最終ページを睨んでいた。
主力の食器洗浄機「クリーンエース」の売上が、三期連続で落ちている。来週の部長会で、その原因と打ち手を報告するのが遥の役目だった。入社六年目、初めて任された大きな報告だ。ここで認められれば、新製品の企画チー...
平均値の棚卸し
「提携は成功している。それを一枚で見せてくれ」
経営企画部長の久保は、そう言って倉田沙織の机に分厚いファイルを置いた。中堅部品メーカー・三輪精機は、この十二年で十四社と業務提携を結んできた。来月の経営会議では、次の大型提携の承認がかかっている。久保の欲しいものは明快だった。「提携は効く」という一枚...
宛先違い
森下沙耶の名刺入れには、いつも「特別」が入っていた。
中堅の業務システム会社、ハルカゼ・システムズの営業三課。彼女の担当顧客は十二社あり、そのすべてが「森下さんは、うちを一番に考えてくれている」と信じていた。
「御社だけに先にお見せします」「この条件は、社内でもかなり無理を通しました」。言葉の...
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