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正しさは、なぜ届かないのか ― 特殊詐欺データと「占い」という防御装置
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## はじめに
私はシステムエンジニアです。普段はコードを書き、データを扱い、動くものを世に出すことを生業にしています。その私が、ある晩ふと警察庁の特殊詐欺統計をダウンロードしたことから、一本の論考を書くに至りました。
きっかけは小さな好奇心でした。けれど、生のデータと向き合ううちに、私はひとつの不愉快な事実に突き当たりました。それは「正しい情報は、最も必要としている人にこそ届かない」という、防犯という営みの根本的な矛盾です。
私たちは素朴に信じています。詐欺の被害を減らすには、正しい知識を、正確に、たくさん伝えればよい、と。手口を解説し、注意を呼びかけ、統計を示せば、人は賢く身を守るはずだ、と。けれど現実のデータは、その素朴な信念をあっさり裏切ります。これだけ注意喚起がなされ、これだけ報道され、これだけパンフレットが配られているのに、被害はまったく減っていないのです。
本稿で私が論じたいのは、この逆説です。**通念では「防犯は正しい情報を正確に伝えれば達成できる」とされますが、実際には「正しさ(理性に訴える正論)ほど、最も狙われやすい層には届かない」**。だとすれば、私たちは防犯メッセージの設計思想そのものを、根本から組み替えなければなりません。
最初にデータが映し出す現状を確認し(第1章)、次に「正しさが届かない」構造を心理学の知見から解剖し(第2章)、投資詐欺にハマる人とハマらない人を分けるものが何かを掘り下げ(第3章)、そこから「占い」という一見ふざけた入り口が、なぜ正論より強い防御になりうるのかを論じます(第4章)。最後に、一次データを誰もが触れる形へ翻訳する営みの意味を考えたいと思います(第5章)。残酷な真実を、残酷に届ける必要はありません。これが本稿全体を貫く精神です。
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## 第1章:データが映す「特殊詐欺」の現実
すべては一枚のCSVから始まりました。ニュースで要約された情報ではなく、警察が直接集計している生のデータです。手口別の認知件数、被害総額、検挙件数、被害者の年齢層や性別の構成比。そこには、印象論を挟む余地のない事実が、ただ数字として並んでいました。
私はこのデータを丹念に眺め、対話を重ねながら掘り下げていきました。そして見えてきた現実は、私が漠然と抱いていたイメージとはかなり違うものでした。
まず、規模に驚かされます。令和8年のわずか1月から4月までの4か月間で、特殊詐欺とSNS型投資・ロマンス詐欺を合わせた被害総額は、およそ1,260億円。1年分ではなく、4か月分でこの額です。この勢いは年単位でも記録を更新し続けています。実際、警察庁の暫定値によれば、令和7年(2025年)の通年では、特殊詐欺だけでも認知件数27,758件・被害額1,414.2億円と過去最悪を更新し、これにSNS型投資・ロマンス詐欺の被害額およそ1,274.7億円が上乗せされました。減るどころか、増え続けているのです。
そして手口別に見たとき、被害額が文字どおり突出していたのが「SNS型投資詐欺」でした。被害総額はおよそ592.5億円で、これは先の4か月総額のほぼ半分を占めます。さらに恐ろしいのは1件あたりの単価で、約1,361万円。古典的なオレオレ詐欺の1件あたり単価の、およそ8倍です。桁が違う、という言葉の意味を、私は画面を見ながら理解しました。
もうひとつ、急拡大している新顔がいます。令和8年1月から新たに分類が始まったばかりの「ニセ警察詐欺」が、4月単月で被害額100億円を突破しました。手口は静止していません。私たちが一つの手口に慣れた頃には、もう別の手口が主役の座に就いています。検挙件数のトップは依然としてオレオレ詐欺で、還付金詐欺もなくなりません。つまり、古い手口が消えるのではなく、新しい手口が次々と上乗せされているのです。
ここで重要なのは、この数字が「他人事の数字」ではないということです。SNS型投資詐欺は、判断力の衰えたごく一部の高齢者だけが引っかかる話ではありません。むしろ、スマートフォンを日常的に使い、情報リテラシーがそれなりにあると自負している層こそが、その入り口に立っています。「自分は大丈夫」という言葉が、最も危ういのです。
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## 第2章:なぜ「正しい情報」は届かないのか
データは現状を教えてくれます。けれど、私が本当に知りたかったのは「なぜこれだけ対策が叫ばれて被害が減らないのか」でした。ここから先は、数字ではなく人間の心の構造の話になります。
詐欺に遭う人の最大の共通点は、知識の不足ではありません。「自分は騙されない」という思い込みです。これは心理学で正常性バイアスと呼ばれます。災害心理学者の広瀬弘忠は、人が危機に直面しても「自分は大丈夫」と信じ込み、避難が遅れてしまう現象を詳細に分析しました。これは危険を見まいとする一種の自己防衛メカニズムであり、心の平穏を保つために働くのですが、皮肉なことに、その平穏こそが身を危険にさらします。
詐欺もこれと同じ構造を持っています。「自分だけは引っかからない」という確信が、警戒のスイッチを切ってしまうのです。そして厄介なのは、このバイアスは情報を追加しても崩れない、という点です。むしろ「自分は詐欺の手口をよく知っている」という知識が、かえって「だから自分は大丈夫」という確信を強化してしまうことすらあります。知識は、時に防具ではなく、油断の燃料になるのです。
ここで補助線として有効なのが、心理学者ダニエル・カーネマンの提示した二つの思考様式です。彼は人間の思考を、直感的・感情的で高速に働く「システム1」と、意識的・論理的でエネルギーを要する「システム2」に分けて説明しました。私たちの日常的な判断のほとんどは、省エネで動くシステム1が担っています。システム2は、必要なときにだけ重い腰を上げる、怠け者の監督役です。
詐欺の現場で起きていることを、この枠組みで捉え直してみます。投資詐欺やロマンス詐欺に人がはまるとき、動いているのはシステム2の冷静な計算ではありません。「儲かるかもしれない」という高揚、「この人を信じたい」という感情、「早くしないと損をする」という焦り――すべてシステム1の領域です。詐欺師は、論理ではなく感情を狙い撃ちにします。
ところが、私たちが用意している防犯メッセージは、ほとんどがシステム2に向けて書かれています。手口を順序立てて解説し、統計を示し、「冷静に判断しましょう」と諭します。これらはすべて、読み手に論理的思考というコストの高い作業を要求します。注意喚起のPDF、堅苦しい防犯セミナー、文字びっしりのパンフレット。それらは確かに正しいものです。正しいのですが、まさに正しく整然としているがゆえに「退屈なテキスト」となり、システム1で生きている人々の関心の網をすり抜けてしまうのです。
ここに、防犯という営みの構造的な不達があります。本当に届けたい層――つまり、感情で動きやすく、正常性バイアスの強い人――ほど、システム2を要求する正論を読みません。読む人は、もともと比較的警戒心の高い人です。正しい情報は、すでに守られている人のところへ届き、最も無防備な人のところには届きません。これは情報の量や正確さの問題ではなく、設計思想の問題なのです。
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## 第3章:投資にハマる人、ハマらない人 ― 賢愚ではなく気質
被害額の最大の主役がSNS型投資詐欺だと分かったとき、私の関心は自然と一点に向かいました。そもそも、投資にのめり込んでしまう人とは、どんな人なのだろう、という問いです。
ここには個人的な実感もありました。私自身、過去に外貨預金やインデックスファンドを試したことがあります。けれど、まったく熱くなれませんでした。10年以上前に買った投資信託はほぼ放置したままで、儲かったのか損したのかも、正直あまり覚えていません。なぜ私は熱くなれず、世の中の多くの人は熱くなるのか。最初、私はそれを「自分が冷静で賢いからだ」と思いかけました。しかし、掘り下げるうちに、それは思い上がりだと気づきました。
鍵を握るのは、報酬そのものではなく、不確実性に対する脳の反応です。人間の脳は、確実に得をしたときよりも、「得をするか損をするか分からない、その不確実な瞬間」にこそ、最も強く反応すると言われています。報酬を予測するドーパミン系の神経が、結果が確定する手前の宙づりの状態で活発に働くのです。スロットマシンが人を惹きつけるのは、当たりそのものよりも、レバーを引いてから結果が出るまでの宙づりの時間です。投資もまた、値動きという不確実性を絶えず提供し続ける装置です。
ここから、ハマる人とハマらない人の違いが見えてきます。ハマる人は、投資を「自分の有能さを証明するゲーム」や「感情のジェットコースター」として体験します。当たれば自己肯定感が跳ね上がり、外れれば取り返そうとアクセルを踏みます。値動きの一回ごとが、感情の燃料になるのです。一方、熱くなれない人は、投資を「確率と時間を味方につける、ただの仕組み」として淡々と扱います。値動きに一喜一憂せず、装置として放置できます。
つまり、私が熱くなれなかったのは、賢かったからではありません。たまたま「仕組み」として割り切れる気質だっただけです。逆に言えば、気質が一段違うだけで、誰でも燃料に火がつく側に回りうる、ということです。ここに、自戒を込めて強調したい点があります。「自分は投資詐欺になど引っかからない」と考えている人の多くは、自分の理性を過信しています。けれど、引っかかるかどうかを分けるのは理性の量ではなく、感情の着火しやすさなのです。
そして詐欺師は、この着火点を正確に狙ってきます。彼らが売っているのは金融商品ではありません。「あなたは特別だ」「あなたには見抜く目がある」という有能感であり、「今しかない」という焦りであり、SNS型ロマンス投資詐欺の場合は「この人を信じたい」という感情です。商品が嘘であることは、実はそれほど重要ではありません。火がつきさえすれば、人は自分で燃え上がってくれるからです。
だとすれば、対策の方向も変わってきます。「この投資話は嘘です」と論理で否定しても、燃えている人の耳には届きません。必要なのは、火がつく前に、自分には着火しやすい性質があると本人が知っていることです。ここで第4章の発想に橋が架かります。
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## 第4章:システム1の罠は、システム1で攻略する ― 「占い」という逆説
ここまでの議論を整理します。詐欺の被害は知識不足ではなく正常性バイアスによって起き(第2章)、人を動かすのは理性ではなく感情というシステム1の領域です(第3章)。にもかかわらず、私たちの防犯メッセージはシステム2に向けて書かれています。この構造的なズレこそが、正しさが届かない理由でした。
だとすれば、答えは逆説的ですが明快です。**システム1の罠は、システム1で攻略すればよいのです。**
論理で警戒を促すのではなく、「おもしろそう」「自分のことを知りたい」という直感で消費される入り口を用意します。そういう入り口として、私が着目したのが「占い・性格診断」というパッケージでした。人は防犯PDFは読みませんが、「あなたはどのタイプ?」という診断には、つい指を伸ばします。同じ人間の、同じスマートフォンに対して、まったく違う通り方をするのです。
この発想の核心には、バーナム効果という心理現象の応用があります。バーナム効果とは、誰にでも当てはまる曖昧な記述を「自分にだけ当てはまる」と感じてしまう心理で、心理学者バートラム・フォアの1948年の実験で示されました。フォアは学生に性格診断と称して全員に同一の文章を渡しましたが、学生たちは「自分によく当たっている」と高く評価しました。占いが「当たる」と感じられるのは、多くの場合この効果のおかげです。
通常、バーナム効果は占い師が客を信じさせる道具として使われます。私が考えたのは、それを逆手に取ることです。「あなたは○○詐欺にカモにされやすいタイプです」と、当たっていると感じさせる形で突きつける。占いという安全なエンタメの皮をかぶせて、正常性バイアスにそっとひびを入れます。「自分は大丈夫」という鉄壁の思い込みは、正面から「あなたも危ない」と論破しようとすると反発を生みますが、「占いの結果、あなたはこのタイプ」という柔らかい形なら、するりと心の内側に入ります。
私が作ったアプリは、この設計思想を形にしたものです。いくつかの質問に答えると、性格をいくつかの心理タイプに分類し、「あなたが最もカモにされやすい詐欺」を占います。希望や全能感に火がつきやすい人はSNS型投資詐欺に、恐怖や権威への弱さを持つ人はニセ警察詐欺に、家族愛の強い人はオレオレ詐欺に、損失回避と手続きへの従順さを持つ人は還付金詐欺に――というように、第1章で見た手口の分布と、人の感情の着火点とを対応づけました。
「あなたが狙われる詐欺は?」― 警察庁データから占いPWAを作るまで|kentrue1106 https://note.com/kentrue1106/n/n93e54ec19122
重要なのは、占いで終わらせないことです。診断結果では、占いのワクワク感から始めつつ、最後には警察庁の実データでその詐欺の本当の被害規模を示し、そのタイプ向けの具体的な対策に着地させます。エンタメで引き込み、防犯で締めくくります。入り口はシステム1、出口はシステム2へのささやかな橋渡し、という構造です。
これは、行動経済学でいうナッジの一種だと、私は理解しています。リチャード・セイラーとキャス・サンスティーンは、強制や説教ではなく、選択の入り口をさりげなく設計し直すことで人をより良い行動へ導く手法を「ナッジ」と呼びました。「正しい情報を読め」と命じるのではなく、「おもしろい占いをどうぞ」と差し出し、その中に気づきを忍ばせます。これはまさに、詐欺予備軍のための選択アーキテクチャの組み替えなのです。
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## 第5章:一次データを、誰もが触れる形へ翻訳する
最後に、エンジニアとしての視点から、この営み全体の意味を考えたいと思います。
今回の出発点は、警察庁が公開している一次データでした。それ自体は、誰でもダウンロードできる公開情報です。けれど、生のCSVは多くの人にとって「開かない扉」です。専門用語と数字の羅列を前に、ほとんどの人は意味を読み取る前に閉じてしまいます。公開されていることと、届いていることは、まったく別なのです。
ここに、市民が技術で社会課題に関わる「シビックテック」の出番があると私は考えます。シビックテックとは、市民(Civic)が技術(Tech)を使って、身近な困りごとや地域の課題を解決しようとする営みです。行政が大きな仕組みを動かすのを待つのではなく、一人のエンジニアが、手の届く範囲で、データと人々のあいだに橋を架けます。今回私がやったのは、まさにその橋架けでした。
具体的には二段階です。第一に、生の統計データを集計・可視化し、誰もが直感的に把握できる形に変換しました。第二に、その客観的なファクトを、占いというエンタメの器に載せて、本来データに近づかない層の懐へ滑り込ませました。一次データの「翻訳」と、システム1への「配達」。この二つを担うのが、私の考えるエンジニアの社会的役割です。
技術的には、ことさら難しいことはしていません。スマートフォンのホーム画面に追加できるWebアプリとして作り、フレームワークも使わず、通信もせず、個人情報も一切収集しません。登録不要で、誰のスマホでもすぐ開けます。高齢者にも使えるよう文字サイズを調整できるようにし、結果をワンタップで共有できるようにしました。「私はこのタイプだった」と気軽に誰かに渡せること。その手軽さこそが、防犯ツールとしての本質だと考えたからです。
派手な機能はありません。けれど、防犯において本当に難しいのは技術ではなく、「届ける」ことそのものです。どれほど正確なデータも、どれほど精緻な分析も、相手の心に入らなければゼロです。技術者にできるのは、その最後の一歩――データと人の心のあいだの距離を、ほんの少し縮めること。大きな仕組みは変えられなくても、一人ひとりの気づきのきっかけは作れます。被害が一件でも減るなら、作った意味はあると、私は思っています。
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## おわりに
本稿で私が論じてきたのは、たったひとつの逆説でした。正しい情報は、最も必要としている人には届きません。なぜなら、正しさは理性に語りかけ、人は感情で動くからです。
だからといって、正しさを捨てよと言いたいのではありません。データの正確さも、分析の誠実さも、譲ってはならない土台です。私が言いたいのは、その正しい中身を「どう届けるか」の設計を、私たちはあまりに軽視してきた、ということです。中身の正しさと、入り口の届きやすさは、別の技術であり、両方が要るのです。
詐欺対策で私が実現したいのは、結局たったひとつです。「自分は大丈夫」という思い込みに、安全な形でひびを入れること。正面から「あなたは危ない」と突きつけるのではなく、占いとして笑いながら受けてもらい、終わったあとにほんの少し「自分にも狙われやすい弱点があるんだ」という自覚が芽生えること。その自覚こそが、どんな注意喚起よりも確かな防御壁になります。
残酷な真実を、残酷に届ける必要はありません。被害総額1,260億円という数字の重さも、桁違いの投資詐欺の恐ろしさも、人を脅して伝えるのではなく、占いの軽やかさにくるんで手渡すことができます。誠実さとは、核心を避けないことであると同時に、相手が受け取れる形で差し出すことでもあるのだと、私はこのデータとの対話を通じて学びました。
あなたは、自分のどこに火がつきやすいか、考えたことがあるでしょうか。そして、その問いを大切な誰かと分かち合ったことが、あるでしょうか。正しさを、届く形に翻訳すること。それは専門家だけの仕事ではなく、私たち一人ひとりにできる、小さくて確かな防犯なのだと思います。
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## 予想される反論と、それに対する見解
### 反論1:占いという非科学的なフレームに防犯を載せるのは、啓発として不誠実ではないか
最も痛いところを突く反論だと思います。占いは非科学であり、それを公的な防犯と結びつけるのは欺瞞だ、という批判には一理あります。これに対する私の見解はこうです。私が使っているのは占いの「形式」であって、占いの「主張」ではありません。診断の中身は警察庁の実データと心理学の知見に基づいており、占いは中身を運ぶ器にすぎません。むしろ問うべきは、科学的に正しいが誰も読まないPDFと、形式は軽いが実際に手に取られて気づきを生む診断と、どちらが防犯として誠実か、という点です。届かない正しさより、届く工夫を、私は選びます。
### 反論2:性格をいくつかのタイプに単純化するのは、過度の一般化ではないか
その通りで、人間の性格は数タイプに割り切れるものではありません。これはバーナム効果を逆用している以上、確信犯的な単純化です。ただし目的は、正確な性格分類ではなく、「自分にも着火点がある」という一点に気づかせることです。精密な心理測定が目的なら単純化は欠陥ですが、正常性バイアスにひびを入れるのが目的なら、当たっていると感じさせる程度の解像度で十分に機能します。道具は目的に対して評価されるべきです。
### 反論3:弱点を自覚したところで、いざその場になれば結局騙されるのだから、意味がないのではないか
自覚が万能の盾でないことは認めます。けれど、無意味ではありません。第2章で述べたように、詐欺はシステム1の不意打ちで成立します。事前に「自分は恐怖を煽られると弱い」と知っている人は、いざ警察を名乗る電話を受けたとき、ゼロコンマ数秒だけ立ち止まれる可能性があります。その一瞬の躊躇が、家族に相談する、いったん電話を切るといった行動につながります。詐欺対策において、判断を遅らせる小さな摩擦は、決定的な価値を持ちます。完全な防御でなくても、発火点を上げることには意味があるのです。
### 反論4:エンタメ化は、被害の深刻さや被害者の苦しみを矮小化するのではないか
これも重く受け止めるべき指摘です。1件あたり1,361万円という被害は、人生を破壊する重さを持ちます。それを「占い」で軽く扱うのは不謹慎だ、という感覚は理解できます。しかし私は、深刻さを伝える手段と、深刻さそのものを混同すべきではないと考えます。軽やかな入り口は、テーマを軽くするためではなく、重いテーマを最後まで受け取ってもらうための工夫です。診断の出口では実データの重さをきちんと提示しています。脅して耳を塞がせるより、笑って受け取らせて自覚を残すほうが、被害者を一人でも減らすという目的にかないます。
### 反論5:本当に狙われやすい高齢者層は、そもそもスマートフォンの占いアプリを使わないのではないか
届けたい層と届く層のズレは、この手法の本質的な限界です。最も判断力が低下した層に、Webアプリが直接届かないことは事実です。だからこそ私は、結果をワンタップで共有できる設計にこだわりました。狙いは、デジタルに強い子や孫の世代が「これおもしろいよ」と高齢の家族に渡す、その橋渡しです。本人に直接届かないなら、本人を心配する人を経由する。防犯は個人戦ではなく、関係性のなかで機能するものだと考えています。
### 反論6:そもそも詐欺は犯罪者が悪いのであって、被害者の心理的弱点に焦点を当てるのは責任の転嫁ではないか
きわめて重要な論点です。第一義的な責任が加害者にあることは、一点の曇りもありません。被害者を「騙されるほうが悪い」と責める言説には、私は明確に反対します。その上で申し上げたいのは、加害者を裁くことと、被害を予防することは別の営みだということです。犯罪の撲滅は司法と捜査の仕事であり、それは全力で追求されるべきです。同時に、次の被害者を減らすために本人の防御力を高めることも、矛盾なく追求できます。弱点に光を当てるのは被害者を責めるためではなく、武装させるためです。攻撃と自衛は、対立しません。
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## 参考文献
- 書籍:『ファスト&スロー(上)あなたの意思はどのように決まるか?』ダニエル・カーネマン著、村井章子訳(早川書房, 2014)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4150504105?tag=digitaro0d-22)
- 書籍:『人はなぜ逃げおくれるのか――災害の心理学』広瀬弘忠著(集英社新書, 2004)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4087202283?tag=digitaro0d-22)
- 書籍:『NUDGE 実践 行動経済学 完全版』リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン著、遠藤真美訳(日経BP, 2022)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4296000985?tag=digitaro0d-22)
- 書籍:『シビックテック ―ICTを使って地域課題を自分たちで解決する』稲継裕昭編著(勁草書房, 2018)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/s?k=シビックテック+稲継裕昭&tag=digitaro0d-22)
- データ:「特殊詐欺の認知・検挙状況等について」警察庁(令和8年・暫定値)[URL](https://www.npa.go.jp/publications/statistics/sousa/sagi.html)
- データ:「令和7年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況等について(暫定値)」警察庁(2026)[URL](https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/sagi_keihatsu2025.pdf)
- 参考:「バーナム効果(フォアラー効果)」プロの心理学 [URL](https://pro-shinri.com/burnham-effect/)
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### 著者プロフィール
kentrue(yousystem)
フリーランスクリエイティブエンジニア/現代社会構造分析フリーク/ミュージシャン/ビジネス寓話創作者/思想家/キャバクラ愛好家
麗澤大学不合格、中央学院大学不合格、千葉商科大学不合格、城西国際大学不合格、
日本大学農獣医学部食品経済学科不合格、明治大学商学部二部不合格、
日本大学法学部法律学科二部不合格、神奈川大学不合格、法政大学二部不合格、
専修大学石巻短期大学部不合格、千葉経済大学不合格、
日本大学短期大学部合格、日本大学経済学部1年の留年を経て卒業
ハッシュタグ
#特殊詐欺 #SNS型投資詐欺 #正常性バイアス #ファストアンドスロー #システム1 #バーナム効果 #シビックテック #防犯
記事情報
公開日
2026-06-08 13:22:58
最終更新
2026-06-08 13:23:00