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「嬉しそうに失敗してますよね」と言われた夜 ― 一発で決めたい人ほど焦り、焦った人から崩れていく

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はじめに

ある晩、焼き鳥屋で野菜のつまみをつつきながら、向かいに座った女性にこう言われました。

「〇〇さんって、嬉しそうに失敗してますよね。むしろ失敗を歓迎してるようにすら見えます」

褒められたのか、からかわれたのか、よく分かりませんでした。ただ、その一言は妙に残りました。私は失敗が好きなのでしょうか。そもそも私にとって失敗とは何なのでしょうか。

答えが降りてきたのは翌朝、台所でポッカレモンでレモンソーダを作っているときでした。炭酸の泡を眺めながら、「あ、そうか」と思ったのです。私は失敗を好んでいるのではありません。失敗を、特別な出来事だと思っていないのです。

この論考では、その「特別だと思っていない」とはどういう状態なのかを考えます。先に結論を書いておきます。

失敗を恐れない人は、失敗に強い人ではありません。失敗を「判決」ではなく「ログ(記録)」として受け取り、目的を成功ではなく探索に置いている人です。そして、この違いがいちばんはっきり出るのは、追い詰められたときです。一回で決めようとする人ほど焦り、劇薬や抜け道に手を出し、自分の足元を崩していきます。

前半は私自身の37年の話、後半は選挙やネットの世界で起きる「一発勝負」の話をします。まったく違う二つの話に見えますが、根は同じだと私は考えています。

第1章:パソコンは忖度しない

私がパソコンを触り始めたのは16歳のときです。それから37年になります。

パソコンと付き合っていると、うまくいかないことは毎秒のように起きます。設定が一つ違えば動きません。環境が合わなければ動きません。昨日まで動いていたものが、今日はなぜか動きません。そして、パソコンはこちらのプライドを一切考慮してくれません。「37年もやっているのだから、そろそろ一発で通してくれ」と頼んでも、容赦なくエラーを返してきます。

分かりやすい例があります。Wake-on-LAN(WoL)という、電源の切れたパソコンをネットワーク越しに起こす仕組みです。私は十年以上前から何度もこれに挑み、一度も成功したことがありませんでした。BIOSの設定、Windowsの高速スタートアップ、ネットワークカードのドライバー、送る側の機械の設定。どれか一つでも噛み合わなければ、パソコンはぴくりとも動きません。それがつい先日、AIエージェントと一緒に原因を一つずつ潰していったら、あっけなく動きました。

この十年を「失敗の連続」と呼ぶこともできます。ただ、私の頭の中では、それは「WoLが動かない」という事象が起きていただけでした。そこに「自分はダメな人間だ」「こんなこともできないのか」という自己評価は、ほとんど混ざっていなかったのです。

ここに、失敗の受け取り方の分かれ目があると思います。

  • 失敗を「ログ」として受け取る人:仮説が間違っていたことが分かった
  • 失敗を「判決」として受け取る人:自分が間違っていたことが証明された

似ているようで、まったく違います。前者にとってエラーは次の一手を決める材料です。後者にとってエラーは自分への有罪判決なので、問題を解く前に心が傷つきます。傷つくのが嫌なら、試すこと自体を避けるようになります。

心理学者のキャロル・ドゥエックは、能力は伸ばせると考える「しなやかマインドセット」と、能力は生まれつき決まっていると考える「硬直マインドセット」を区別しました。硬直マインドセットの人にとって、失敗は「自分には能力がない」という証拠になってしまいます。

私の話はこれと重なりますが、少しだけ角度が違います。ドゥエックが見ているのは「能力をどう考えるか」です。私が言いたいのは、その手前の「失敗という出来事をどう定義するか」です。パソコンは、能力の話を始める前に、失敗をただの出力として突きつけてきます。そこに人格を読み込む暇もないほど頻繁に、です。37年それを浴び続けると、失敗は判決ではなく、ログの一行に見えてくるのだと思います。

第2章:解決できなかったことと、解決できないことは違う

WoLの話には、もう一つ大事な点があります。私は十年間、WoLを諦めたわけではありませんでした。かといって、毎日しがみついていたわけでもありません。試して、だめなら寝かせて、何年かしてまた試す。私がしていたのは、その繰り返しでした。そして最後は、AIエージェントという新しい道具が出てきたことで突破できました。

つまり私は、「今は解決できない」と「原理的に解決できない」を、無意識に区別していたのだと思います。

この区別は、思った以上に大きな意味を持ちます。失敗を判決として受け取る人にとって、うまくいかなかったという事実は「できない」の確定です。一方、失敗をログとして受け取る人にとって、それは「ある時点の、ある条件での未達成」にすぎません。条件が変われば、結果も変わるかもしれないからです。

ジャーナリストのマシュー・サイドは『失敗の科学』で、航空業界と医療業界を対比しています。航空業界は、事故やニアミスのたびにブラックボックスを回収し、何が起きたかを業界全体で共有してきました。一方、医療の現場では、失敗が個人の評判や訴訟に直結するため、表に出にくい傾向があったといいます。サイドは、失敗をデータとして扱う文化こそが、航空の安全性を高めてきたのだと論じています。

ここで言う「データとして扱う」とは、まさに失敗をログとして受け取ることです。ログは消えません。積み上がります。十年分のWoLの失敗も、どこかで「この設定は関係ない」「ここは怪しい」という知識として残っていました。だから新しい道具が来たとき、すぐに突破口が見えたのです。

失敗を判決として受け取る人は、判決が出るたびにそれを忘れたくなります。忘れたいものは記録しません。記録しないので、次に同じ壁に当たったとき、また一から傷つくことになります。

第3章:一発で決めたい人は焦る

ここから少し話を広げます。失敗を判決として受け取る人は、もう一つ厄介な状態に陥りやすいと私は考えています。それは「焦り」です。

失敗が判決なら、試行はできるだけ少ないほうがいいことになります。理想は一回で決めることです。けれど、一回で決めなければならないと思った瞬間から、その一回は「最後の一回」になります。失敗の許されない一回です。人はそういう状況で、冷静でいられるでしょうか。

行動経済学者のセンディル・ムッライナタンとエルダー・シャフィールは、『いつも「時間がない」あなたに』で、お金や時間が足りないと感じたとき、人の注意は目の前の不足に吸い寄せられ、それ以外が見えなくなると論じました。彼らはこれを「トンネリング」と呼んでいます。トンネルの中では目の前の出口しか見えず、周りの景色は消えてしまいます。

一発で決めなければならない人は、いわば「試行の欠乏」の中にいます。残り一回しかないと思えば、視野はトンネルのように狭くなります。そして狭くなった視野は、劇薬を選びやすくします。

選挙は、制度の上でもともと一発勝負の場です。投票日は一日しかなく、負ければ次は数年後です。だからこそ、試行の欠乏がいちばん強く出ます。2026年11月のアメリカ中間選挙では、ある州の知事選で、陣営が相手候補と疎遠になっている家族を持ち出す攻撃広告を流し、同じ党の側からも「恥ずべきことだ」と批判が出て、かえって反発を招いたと報じられました。家族は誰にとっても身近で、触れられたくない領域です。そこを攻撃材料にすれば反感を買うことは、落ち着いて考えれば分かるはずです。それでも踏み切ってしまうのは、陣営の視野が「この一手で逆転しなければ」というトンネルの中に入っていたからではないでしょうか。

この構図は、選挙に限りません。恋愛でも商売でも、余裕をなくしたほうが主導権を失います。ホストクラブを思い浮かべてみてください。ホストが優位に立てるのは、極端に言えば「この客に切られても困らない」という余裕を持っているからです。必死になった側が相手に合わせて揺さぶられ、最後は自分から崩れていきます。

焦りとは、試行の残り回数が少ないと感じている状態だ、と言い換えてもいいかもしれません。そして、失敗を判決として受け取る人ほど、残り回数を少なく見積もります。一回一回が重すぎるからです。

第4章:抜け道は一発屋で終わる

焦った人が手を出すのは、劇薬だけではありません。もう一つ、「抜け道」があります。

2018年に明るみに出たケンブリッジ・アナリティカ事件は、その典型でした。性格診断アプリを通じて、最大8,700万人分ともいわれるFacebook利用者のデータが本人の同意なく集められ、政治広告の狙い撃ちに使われたとされます。当時のFacebookの仕組みには、アプリが利用者の友人のデータまで取得できる穴がありました。

この抜け道は、しばらくは効いたのかもしれません。しかし発覚後、英国の情報コミッショナー事務局(ICO)はFacebookに当時の法律で上限となる50万ポンドの制裁金を科し、米連邦取引委員会(FTC)は2019年に50億ドルという、プライバシー侵害としては前例のない額の制裁金を科しました。プラットフォームの側も、データの取り出し方を大きく絞りました。抜け道は、見つかれば塞がれます。

大量のスマートフォンを並べて「いいね」や拡散を自動で稼ぐ、いわゆるクリックファームも同じです。一時的にトレンドを動かすことはできても、プラットフォームは検出の仕組みを強めていきますし、そもそも画面の上の数字と、投票所に足を運ぶ人の数は別物です。2000年代半ばのライブドア事件で問われた、自社株の売却益を投資事業組合経由で利益に計上するような会計上の手口も、その後の会計ルールの見直しなどで塞がれていきました。

抜け道とは、仕組みの設計の穴を突いた先行者利益です。そして穴は、使われるほど目立ち、目立つほど早く塞がれます。抜け道に頼る人が、多くの場合一発屋で終わるのはそのためです。

ここで、第1章のデバッグの話と比べてみます。実は、パソコンと格闘する人も回避策を探します。設定の裏技を使うこともありますし、正面から解けない問題を迂回することもあります。では、抜け道屋と何が違うのでしょうか。

私は、違いは「穴が塞がれた後に何が残るか」にあると考えています。デバッグする人の回避策は、仕組みを理解した上での迂回です。だから、その回避策が使えなくなっても、仕組みについての理解は残ります。次の回避策を考える材料があります。

抜け道屋が知っているのは、穴の場所だけです。仕組み全体を理解しているわけではありません。穴が塞がれた瞬間、手元には何も残りません。だから次の穴を探しに行くしかなく、また焦ります。焦って探した穴は、たいてい前の穴より危ういものです。

ログを積み上げてきた人と、一発の当たりを探し続けてきた人。37年後に手元に残っているものは、まるで違うはずです。

第5章:成功が目的か、探索が目的か

焼き鳥屋での一言に戻ります。「嬉しそうに失敗している」と見えたのは、なぜでしょうか。

私の考えでは、私が嬉しいのは失敗そのものではありません。失敗した瞬間に、次に試すことが生まれるのが嬉しいのです。「お、ここは想定と違ったか」「なるほど、こういう動きをするのか」「じゃあ次はこうしてみよう」。失敗によって楽しみが終わるのではなく、失敗によって新しい楽しみが始まります。外から見れば、それは嬉しそうに失敗しているように映るでしょう。

世の中には、成功するために失敗を我慢する人がいます。その人にとって失敗は、成功という報酬を得るための通行料です。通行料は少ないほどいいので、なるべく払いたくありません。払うたびに少しずつ消耗します。

一方で、試行錯誤そのものを目的にしている人がいます。その人にとって失敗は通行料ではなく、道そのものです。成功は、探索を続けた結果としてたまたま行き着く場所の一つにすぎません。

二人は同じことをしているように見えます。どちらも試して、失敗して、やり直します。けれど、活動の目的が違います。そして目的の違いは、焦りの量の違いになります。成功が目的の人は、成功が遠のくほど焦ります。探索が目的の人は、探索が続く限り焦りません。焦らない人は劇薬に手を出さず、抜け道にも飛びつきません。結果として、崩れにくくなります。

私は以前から、目立たず地道にやる凡人こそが長い目で見れば最も強い、という「凡人最強説」を考えてきました。今回の話は、その裏付けの一つになると思っています。地道さは、我慢強さという美徳ではありません。焦らずに済む構造です。失敗をログとして受け取り、探索そのものを楽しめる人は、地道であることがまったく苦になりません。

もちろん、私の失敗が許されてきたのは、パソコンという「壊しても誰も傷つかない場所」があったからでもあります。組織論の研究者エイミー・エドモンドソンは『恐れのない組織』で、失敗や疑問を口に出しても罰せられないと感じられる「心理的安全性」が、学習とイノベーションの土台になると論じています。失敗をログとして受け取れるかどうかは、個人の性格だけで決まるわけではありません。失敗しても自分の価値が損なわれない場所を、どれだけ持っているかにもよるのです。

おわりに

焼き鳥屋の女性の観察は、正しかったのだと思います。ただ一つだけ訂正するなら、私が歓迎しているのは失敗ではなく、失敗の次に始まるものです。

失敗を恐れない人は、失敗に強い人ではありません。失敗を特別な出来事だと思っていない人です。失敗を判決ではなくログとして受け取り、「今はできない」と「永遠にできない」を区別し、成功ではなく探索そのものを目的にしている人です。

そういう人は焦りません。焦らないので、一発逆転の劇薬にも、すぐに塞がれる抜け道にも頼らずに済みます。選挙で劇薬に頼った陣営も、データの穴を突いた会社も、たぶん最初は「一回で決めたい」と思っただけなのでしょう。その一回が重すぎたのです。

もし今、あなたが何かに失敗して落ち込んでいるなら、一つだけ試してみてください。その失敗を「自分への判決」ではなく、「今日のログの一行」として書き留めてみるのです。書き留めたログは消えません。十年後、思いもよらない道具が現れたとき、そのログがきっと突破口になります。

私のWoLが、十年越しに動いたように。

予想される反論と、それに対する見解

反論1:37年続けられたのは、もともと失敗に強かったからではないか。因果が逆では

これは一番痛い反論です。失敗に耐えられない人は、パソコンに触れても早々に離れていったはずです。残った人だけを見て「パソコンが失敗観を育てた」と言うのは、生き残った人だけを見る誤り(生存者バイアス)かもしれません。

私はこの指摘の一部を認めます。もともとの気質があったから続けられた、という面は否定できません。ただ、気質だけで37年は続かないとも思います。最初はほんの少しの好奇心でも、失敗を判決にしない環境で何千回も試行を重ねれば、受け取り方はさらに強化されていきます。気質と環境が互いを強め合った、というのが実態に近いのではないでしょうか。だから私は「パソコンを好きになれ」とは言いません。言いたいのは、気質の差を環境の側から少しでも埋められる、ということです。

反論2:失敗に慣れすぎると、本番での失敗にも鈍感になるのではないか

失敗を気にしない人には、本番の仕事を任せたくありません。そう感じるのは、もっともなことです。

ただ、失敗をログとして受け取る人は、失敗に鈍感なのではありません。むしろ、失敗を細かく記録し、原因を突き止めずにはいられない人です。本番で失敗しないために、本番前の試行で失敗を出し尽くそうとします。鈍感なのは、失敗を判決として恐れるあまり、見なかったことにする人のほうではないでしょうか。サイドが描いた、失敗が表に出にくかった医療現場の構図は、まさにその危うさを示しています。

反論3:「焦ったほうが負ける」は結果論ではないか。焦って勝った人もいる

その通りで、焦って劇薬を使い、勝ってしまう例もあります。抜け道で大きく儲けた人もいます。私が言っているのは「必ず負ける」ではなく、「長く続けるほど崩れやすい」という傾向の話です。一回の勝負なら劇薬が効くこともあります。しかし劇薬は繰り返すほど効かなくなり、抜け道は使うほど塞がれます。続けるつもりのある人にとって、一発勝負は割に合わない、というのが私の見立てです。

反論4:抜け道を見つけたのは才覚であり、先行者利益を取るのは合理的ではないか

穴を見つける目は、確かに一種の才能です。それを否定するつもりはありません。

ただ、抜け道の利益を計算するなら、塞がれた後の代償も入れる必要があります。ケンブリッジ・アナリティカは、事件の後まもなく廃業に追い込まれました。代償は罰金や信用の失墜だけではありません。本人の手元に「穴の場所の知識」しか残らず、仕組みへの理解が育たないことも代償です。穴を見つける目を、仕組みを理解する方向に使えば、その人はもっと長く強くいられたはずだと私は思います。

反論5:探索を楽しめるのは、余裕のある人の贅沢ではないか

生活がかかっている人に「失敗を楽しめ」と言うのは残酷だ、という批判です。私はこれを正面から受け止めなければいけないと思います。

ムッライナタンとシャフィールの研究が示すのは、まさにこの点です。欠乏の中にいる人は、能力が低いから視野が狭くなるのではありません。欠乏そのものが視野を狭くするのです。だとすれば、必要なのは「もっと気楽になれ」という説教ではなく、小さく試して小さく失敗できる余白を、個人の暮らしや職場の中に作ることです。私がパソコンで得てきたのは、まさにその余白でした。余白を持てた幸運を自覚した上で、それを他人にも広げる方向で考えたいと思います。

反論6:パソコンの話と選挙の話を同列に並べるのは、比喩の飛躍ではないか

規模も重さもまるで違う、という指摘です。確かに、私のWoLが動かなくても誰も困りませんが、選挙の結果は国の行方を左右します。

それでも私が並べたのは、両者に「一回の結果にすべてを賭ける構造」と「失敗を記録として残すかどうか」という共通の軸があると考えたからです。重さが違うからこそ、構造が同じであることに意味があります。重い場面ほど人は一発勝負に追い込まれやすく、追い込まれた人ほど焦ります。だから重い場面でこそ、失敗をログとして扱う文化が要るのだと思います。

参考文献


著者プロフィール

kentrue(yousystem)

フリーランスクリエイティブエンジニア/現代社会構造分析フリーク/ミュージシャン/ビジネス寓話創作者/思想家/キャバクラ愛好家

麗澤大学不合格、中央学院大学不合格、千葉商科大学不合格、城西国際大学不合格、
日本大学農獣医学部食品経済学科不合格、明治大学商学部二部不合格、
日本大学法学部法律学科二部不合格、神奈川大学不合格、法政大学二部不合格、
専修大学石巻短期大学部不合格、千葉経済大学不合格、
日本大学短期大学部合格、日本大学経済学部1年の留年を経て卒業

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記事情報

公開日
2026-11-05 20:14:16
最終更新
2026-11-05 20:14:17

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