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ガバナンスはなく、ガバナンセンスがある ── 作業は近い人へ、責任は弱い人へ、怒りは見える人へ
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## はじめに:ガバナンセンスという言葉
「ガバナンセンス」という言葉を思いつきました。ガバナンス(統治)とナンセンスをくっつけただけの、一見ふざけた造語です。
ただ、この言葉を思いついたとき、私は笑っていませんでした。ここ数週間、ある県議会の不祥事、ある大臣の辞任、あるテレビ局の第三者委員会報告書、あるアイドルグループの謝罪会見と、ばらばらに見えるニュースを並べて読んでいくうちに、それらが同じ形をしていることに気づいたからです。そして、その形を一語で言おうとすると、どうしてもこの言葉になってしまうのです。
最初に、誤解されやすい点をはっきりさせておきます。私が言いたいのは「日本にはガバナンスがない」ということではありません。むしろ逆です。仕組みの「形」は、驚くほどそろっています。
- 不正を相談する窓口はあります。
- 政治家と官僚の接触を記録するルールもあります。
- 不祥事が起きれば第三者委員会が立ち上がります。
- 地方議会には、証人に出頭を命じ、偽証には刑罰を科せる「百条委員会」という強力な調査の仕組みまであります。
それなのに、肝心なときに中身が働きません。窓口に相談しても動きません。記録は「軽微なもの」として作られません。第三者委員会は、いちばん知りたいところを調べません。百条委員会は、調べる側と調べられる側がねじれたまま走り出します。
形はガバナンス、中身はナンセンス。これを私は「ガバナンセンス」と呼んでみたいのです。なお、「ガバナン・センス」と読んで「統治のセンス」と受け取る方もいるかもしれません。それはそれで、「統治のセンスがない」という意味で、偶然にも当たっている気がします。
この論考で私が示したいのは、ガバナンセンスの下で何が起きているかです。結論を先に書くと、次のようになります。
> 作業は「近い人」へ、責任は「弱い人」へ、怒りは「見える人」へ流れる。そして、決めた人は「遠く・強く・見えない」所に残る。
政治家が不始末を起こすと、後始末をするのは職員です。責任を問われるのも、決裁の判子を押した担当者です。世間の怒りを浴びるのも、「役所」「公務員」とひとくくりにされた人たちです。これは政治に限りません。会社でも、芸能界でも、同じことが起きています。
この論考は、次の順に進みます。
- 第1章:一つの県議会の百条委員会を入り口に、問題の手触りをつかみます。
- 第2章:その背後にある「3つの転嫁」という構造を示します。
- 第3章:同じ構造が政治の外、会社や芸能やアイドルの世界にもあることを見ます。
- 第4章:「仕組みはあるのに、なぜ働かないのか」を解剖します。
- 第5章:そもそも経営者や政治家とは何者なのかを、学説に戻って考えます。
- 第6章:ここまでの物差しで、いまの国と地方の政治を俯瞰します。
- 第7章:ガバナンセンスから抜け出すために、私たちに何ができるかを考えます。
長い論考です。ただ、一つ一つの事例はすべて、報道や公的な報告書で確かめた事実を土台にしています。推測を含むところは、推測だと書きます。どうか、お付き合いください。
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## 第1章:午前4時の百条委員会
### 異例の未明採決
2026年10月17日の午前4時過ぎ、福岡県議会は、百条委員会(調査特別委員会)を設置する議案を賛成多数で可決しました。本来の閉会日は16日でしたが、採決をめぐる攻防が深夜に及び、会期を1日延ばしての異例の未明採決でした。
調べる中身は大きく二つあります。
一つは、議長や副議長のポストをめぐる金銭の授受です。2026年7月、吉松源昭県議が記者会見を開きました。2020年に議長に就任する前、当時の自民党県議団の幹部の指示で、ゴルフ代や料亭代などの名目で多額のお金を支払ったと告発したのです。同じ時期に副議長だった県議も、同様の支払いを証言しました。ただし、受け取ったとされる側はいずれも「事実無根」などと否定しています。この点は、現時点では告発した側の主張の段階だということを、はっきり書いておきます。
もう一つは、高額な海外視察です。県議会事務局が2026年8月に初めて公表した記録によると、2023年8月から2026年4月までに、県議会の予算で23回の海外活動が行われ、総額は約2億6496万円に上りました。1泊16万9000円の部屋に泊まった視察もありました。タイ・バンコクへの視察では、車両や通訳などの委託費が、当初の契約の61万3000円から202万9000円へと3.3倍に膨らんでいます。
視察中の宴会の動画も流出しました。県議たちが頭にネクタイを巻いて踊り回る様子が、ネットメディアやNHKで報じられています。「県議会のドン」と呼ばれた前議長は、2026年8月に議長も議員も辞めると表明しましたが、理由はいまも明らかにされていません。
### 百条委員会は県民のためか
ここで私は、一つの問いにぶつかりました。
百条委員会を回すのは、議員だけではありません。証人を呼ぶ手続き、記録、資料集め、日程の調整。その事務を担うのは、議会事務局の職員、つまり県の職員です。そして、知事の側が出した補助金も調査の対象になるので、知事部局の職員も資料を出し、証人として呼ばれる可能性があります。
高額な視察をしたのは議員です。ポストをお金でやり取りしたと疑われているのも議員です。その後始末に、県職員が駆り出されるのです。これは「県民のための仕事」と言えるのでしょうか。
正直に言うと、私の答えは「半分はイエス」です。
イエスの理由ははっきりしています。使われたのは県民の税金です。いくら使われ、なぜそうなったのかを明らかにし、返させるかどうかを決めるのは、県民のお金を守る仕事です。議長ポストがお金で決まっていたのなら、県の予算を決める議会の決め方そのものが歪んでいたことになります。これは、県民の生活に一番大きく効く部分です。
会社にたとえると分かりやすいと思います。役員が経費を私的に使っていたとき、経理の担当者が過去の伝票を洗い直すのは、「役員の後始末」であると同時に「会社のお金を守る仕事」でもあります。原因は県民のためのものではなかったとしても、後始末は県民のための仕事になりうるのです。
ただし、ここには大事な条件があります。後始末には二種類あるのです。
- **事実を明らかにする後始末**:いくら使ったか、なぜか、誰が決めたか、返させるか。これは県民のための仕事です。
- **取り繕うための後始末**:「適正な手続きだった」と整えるための資料づくりや答弁の準備。これは県民のための仕事ではありません。
百条委員会が前者として働くか、後者に転ぶかで、職員にかかる負担の意味は大きく変わります。
### 舞台を回しながら、追及される人たち
では、残りの「半分」は何か。それは、職員が置かれている立場のねじれです。
議会事務局の職員を例にとります。彼らは、次の三つの役回りを同時に負わされます。
1. **舞台を回す**:百条委員会の事務を担います。
2. **追及されうる**:海外視察の随行も、委託費が3.3倍に膨らんだ契約の手続きも、事務局の仕事でした。「なぜ止めなかったのか」と問われうる立場にいます。
3. **通常業務は減らない**:調査期間は来年2月末までです。これは、翌年度の予算を審議する2月定例会の準備とまるごと重なります。事務局の人を増やすという話は、私が読んだ範囲の報道には見当たりません。
議会が自分の不始末を、自分で調べるのです。事務局の職員は、問題を起こした組織に仕え、その組織が開く調査の事務をし、その中身の当事者でもあります。一つの組織の中で、すべての役回りを負わされているのです。
そして、事務局の職員が「ドン」の豪華な日程や高い店に「No」と言えたかというと、それはかなり難しかったはずです。そう考える根拠が、実は報道に出ています。
2026年10月、福岡県議会の議会改革プロジェクトチームは、県職員が議員に対して数十年続けてきた「慣例」の見直しを話し合いました。報じられた慣例には、次のようなものがあります。
- 委員会で議員が入室するとき、職員は起立して挨拶し、議員が座るまで座らない
- 議長・副議長の就任パーティーに、幹部職員が自腹を切って出席する
- 政党の機関誌を、幹部職員が私費で買う
- 議員連盟の活動で、会場の設営や昼食の手配・配膳をする
- 初盆を迎える議員の自宅を訪問する
さらに、県職員が「議会運営の円滑化」を理由に、他の会派の質問の内容を最大会派に無断で伝えていた「質問の横流し」も問題になりました。知事自身も、職員だった当時にそれをしたと認めています。
これが、職員と議員の力関係の実態です。この土壌の上で、「その視察は高すぎます」と言える職員がいたとは、私には思えません。
### 「事務局に丸投げをするということですか」
百条委員会の設置が決まる直前、象徴的な場面がありました。
10月13日、超党派の議員9人が設置議案を提出しました。議案には、調査の経費を500万円以内とすることが書かれていました。これに対して、議会事務局長はこう指摘したと報じられています。
> 「調査に要する経費が記載されていますが、予算措置についてどうお考えですか。事務局に丸投げをするということですか」
> 「予算がないと、百条委員会は提案できないと認識していますが」
議長も「予算までちゃんと取り込んで(提案)してもらわないと」と同じ立場をとりました。提出した議員はこう反論しています。
> 「今まで散々、海外視察で1000万、2000万の予算をつけていたじゃないですか。なんで百条委員会のときだけ予算がないという話になるんですか」
事務局長の指摘は、手続きとして当然の確認だったのかもしれません。その意図は、報道からは分かりません。ただ、この場面は私に、ある想像をさせました。百条委員会の事務を担い、同時に追及されうる職員たちの本音は、「こんなもの、立ち上がらなければいいのに」ではないか、という想像です。
もしそうだとしても、私は職員を責める気になれません。舞台を回し、追及され、人は増えず、そのうえ世間からは「県の職員がまた税金を無駄遣いした」とひとくくりに見られます。そんな立場に置かれたら、誰だってそう思うでしょう。
ただ、ここで一つ付け加えておきたいことがあります。職員の本音は、たぶん一枚岩ではありません。言われるままに豪華な日程を組まされてきた職員にとって、百条委員会は「自分たちは言われてやった」と公の場で言える、唯一の機会でもあるからです。百条委員会が立たなければ、議会の空気は変わらず、次の視察も同じように手配させられるでしょう。
百条委員会は、職員にとって重荷であると同時に、出口にもなりえます。その分かれ目は、職員が不利益を受けずに本当のことを話せるかどうかにあります。この論点は、最後の章でもう一度取り上げます。
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## 第2章:後始末をさせられる人々 ── 3つの転嫁
### もう一つの事例:記録のない照会
福岡の件と同じ時期、国でも似た形の問題が起きていました。
2026年9月末、簗和生農林水産大臣(当時)が地元の会合で、地元の自治体への道路予算が大きく減ったという趣旨の発言をしていたことが報じられました。その後、国土交通省の精査で、簗氏が2月中旬、つまり衆議院選挙の直後で、2026年度の予算の配分作業のさなかに、国交省に地元の自治体への配分額を照会していたことが分かりました。
簗氏は10月14日に辞任しました。ここでの私の関心は、配分が歪められたかどうかではありません。それは、私が読んだ範囲の報道では確かめられていません。私が注目したのは、もっと手前の事実です。
国交省は、このときの面談記録を「作成を要しない場合にあたるため作成していない」と説明しました。つまり、記録がないのです。
政府の「行政文書の管理に関するガイドライン」は、事案が「軽微なもの」である場合を除いて、文書を作らなければならないとしています。そのうえで、この「軽微なもの」は「厳格かつ限定的に解される必要がある」と明記し、「政策判断や国民の権利義務に影響を及ぼすような場合は含まれない」としています。また、国家公務員制度改革基本法の第5条第3項第1号は、職員が国会議員と接触した場合の記録の作成・保存・公開について、政府に必要な措置を講ずるよう求め、個別の事務や事業の決定・執行に関わる接触には「特に留意」するよう定めています。
大臣経験者が、配分作業のさなかに個別の自治体の配分額を照会しました。これが「軽微なもの」に当たるのかは、少なくとも疑問の余地があります。Yahoo!ニュースのエキスパートトピでも、記録がないから圧力の有無はいつも検証できず、説明はいつも「なかったと思う」で終わる、と指摘されています。
記録がないと、何が起きるのか。政治家は「覚えていない」と言えます。しかし、照会を受けて数字を整理し、渡した職員の側には、「なぜ渡したのか」「意図を察して動いたのではないか」という疑いだけが残ります。そして、国会での説明、資料の整理、答弁書づくりという後始末が、何十人もの職員に降りてきます。
### 3つの転嫁
福岡と国。規模も、行政と議会という場所も違いますが、二つを並べると同じ形が見えてきます。政治家の不始末のコストが、三つの形で職員に回ってくるのです。私はこれを「3つの転嫁」と呼びます。
**① 作業の転嫁**
答弁書、資料の整え直し、百条委員会の事務、第三者委員会への対応。後始末の作業は、問題を起こした人ではなく、その近くにいる職員が担います。人は補充されず、通常業務も減りません。
**② 責任の転嫁**
「担当者の判断だった」「事務局が手続きをした」。決めた政治家ではなく、手を動かした職員に責任が寄っていきます。
**③ 怒りの転嫁**
世間には、政治家と職員の区別がつきません。「役所」「公務員」「県」とひとくくりにされ、怒りは窓口や電話口にいる職員に向かいます。
### 処分は下に残る
この中で、とりわけ見過ごせないのが「責任の転嫁」です。過去の事例を並べると、決めた側には制度上の処分がほとんど及ばず、手を動かした側に処分が残る傾向が見えてきます。
| 事例 | 政治家・トップの側 | 職員の側 |
|---|---|---|
| 森友学園(2017〜) | 財務大臣は閣僚給与を返納して続投 | 近畿財務局の職員が2018年3月に亡くなる。同年6月、元理財局長は「停職3か月相当」、計20人が処分 |
| 桜を見る会(2019〜) | 元首相は不起訴(嫌疑不十分)。秘書は略式起訴で罰金100万円 | 内閣府の歴代人事課長6人が厳重注意(招待者名簿を管理簿に載せていなかったことなどが理由) |
| 富山市議会の政務活動費(2016) | 不正に関わった議員14人が辞職 | 情報公開を請求した報道機関の名前を議員に伝えた議会事務局の職員が、減給処分 |
| 吉野ヶ里町(佐賀、2024〜) | 町長は2026年4月に3選。公務災害の認定後も「辞任は考えていない」 | 財政上の課題を進言した課長が2024年11月に亡くなる。2026年9月、公務災害と認定 |
富山の事例は、構図がとても分かりやすいので、少し補足します。政務活動費の不正をしたのは議員でした。ところが、報道機関が情報公開を請求したことを知った議員が、残業していた事務局の職員に話しかけ、請求した報道機関の名前を聞き出しました。その結果、守秘義務違反として懲戒処分を受けたのは、聞き出した議員ではなく、答えた職員でした。
吉野ヶ里町の事例は、もっと重いものです。2024年4月、当時の財政担当の課長が、庁舎周辺の計画について財政上の課題を町長に伝えました。町長は担当を替えると発言しました。課長はその年の11月に亡くなりました。町の第三者委員会は2025年9月、町長の発言を「報復的な色合いが強い」パワハラと認定しましたが、死亡との因果関係は調べていません。因果関係を認めたのは、地方公務員災害補償基金が2026年9月に出した公務災害の認定でした。町長は「結果を重く受け止めている」と謝罪しつつ、辞任は否定しています。
なぜ、こうなるのでしょうか。理由の一つは、制度の違いです。職員の責任は、懲戒処分や刑事責任として問われます。一方、政治家の責任は「政治責任」で、取り方は辞職か、次の選挙で審判を受けることくらいしかありません。議員には、職員のような懲戒の制度がないのです。
処分の重さそのものは事例によって違います。ただ、決めた側には辞職や選挙という「政治責任」しかなく、記録に残る処分は手を動かした側にばかり積み上がっていく。これが、責任の転嫁の正体です。
### 転嫁を支える三つの土台
3つの転嫁は、なぜ起きるのでしょうか。私は、その土台に三つの条件があると考えています。
**一つ目は、力の差です。** 職員は、政治家に「No」と言えません。福岡の慣例が示すように、議員が座るまで座らない職員が、議員の視察計画に異を唱えるのは難しいでしょう。地方議会の場合、ここにもう一つの事情が重なります。
議会事務局の職員は、法律上は議長が任命します(地方自治法第138条)。しかし実際には、知事部局がまとめて採用し、人事異動のローテーションの一つとして事務局に配置しています。総務省が掲載している都道府県議会制度研究会の報告書(2020年)も、この実態を指摘しています。三重県議会の資料には、「人事交流により3年程度で異動となるのが通例」とあります。日本生産性本部の2024年の提言によれば、議会事務局長の人事評価で最後に評価するのが議長ではなく首長、という自治体が「圧倒的に多い」そうです。議会が独自に事務局の職員を採用した例は、「管見の限り」見当たらないとも書かれています。
つまり、議会事務局の職員は、数年後には知事部局に戻ります。議員からの評判が、その後の人事に影響しうるのです。議員に逆らう動機は、さらに弱くなります。
**二つ目は、記録がないことです。** 政治家との接触が記録に残らなければ、職員は後から「言われてやった」と証明できません。簗氏の照会がそうでした。
**三つ目は、話す場がないことです。** 職員には、反論する場がありません。疑われても、黙って答弁書を書くしかありません。告発しようとすれば、兵庫県の文書問題のように、告発者が探され、処分されるおそれがあります。兵庫では、県の第三者委員会が2025年3月、告発文書は公益通報に当たり、通報者を探したことは違法だったと判断しました。元県民局長への懲戒処分のうち、文書の作成・配布を理由とした部分については効力がないとしています。しかし元局長は、その判断を見ることなく、2024年7月に亡くなりました。
力の差、記録の不在、話す場の不在。この三つがそろうと、3つの転嫁は止まらなくなります。
### 怒りの転嫁と、公務員のなり手不足
3つの転嫁のうち、外からいちばん見えにくいのが「怒りの転嫁」です。
兵庫県の文書問題では、百条委員会の委員長自身が、調査結果を待たずに不信任決議を急いだ理由を、「役所にクレームが殺到して職員が持たなかった。士気が低下し役所業務がひっ迫した」と説明しています。不始末を起こしたかどうかが問われていたのは知事でした。しかし、電話口で怒りを受け止めていたのは職員だったのです。
これは特別な事態ではありません。総務省が2025年4月に公表した調査では、過去3年間にカスタマーハラスメントを受けた経験がある自治体職員は35.0%でした。民間を対象とした厚生労働省の調査(令和5年度)の10.8%の3倍を超えます。部門別では、広報広聴が66.3%で最も高くなっています。
自治労連が自治体の職場で働く約7万人から回答を得た調査(2025年12月発表)では、一度でもカスハラを受けた人は47.6%でした。その内容を尋ねた設問では、「議員(政治家)からの無理な要求」を挙げた人が9.3%います。怒りは市民からだけでなく、政治家からも降ってくるのです。
こうした職場を、若い人はどう見ているでしょうか。総務省の調査によると、地方公務員(教員を除く)の採用試験の競争率は、2015年度の6.6倍から下がり続け、2024年度は4.1倍でした。宮崎県では、2025年度の採用予定261人に対して、実際に採用できたのは204人でした。同じ年度に知事部局を60歳未満で早期に退職した職員は101人で、そのうち30代以下が66人を占めています。兵庫県では、2025年度に採用した総合事務職(大卒程度)の辞退率が46.0%と報じられました。ただし兵庫県の辞退率は以前から高めで、採用時期を早めた影響もあるため、知事の問題だけが原因とは言えません。
公務員のなり手が減る理由は一つではありません。民間の初任給の引き上げや、若い人が「安定」より「成長」や「働きやすさ」を求めるようになったことも大きいでしょう。ただ、若い人の目に公務員が「政治家の判断に逆らえず、記録も残せず、後始末をさせられ、責任と怒りまで回ってくる仕事」と映っているなら、それが背中を押していないとは言えないと思います。
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## 第3章:政治だけではない
### 同じ形が、あちこちにある
ここまで政治の話をしてきました。しかし、3つの転嫁を頭に置いてニュースを読むと、政治の外にも同じ形がいくらでも見つかります。会社にも、テレビ局にも、アイドルの世界にもです。
### テレビ局:ひとりで抱えた管理職
2025年3月31日、フジテレビの第三者委員会は、タレントと同社の女性社員とのトラブルについての調査報告書を公表しました。報告書は、女性社員が「業務の延長線上」で性暴力を受けたと認定しました。そのうえで、会社の対応の問題点を細かく指摘しています。
私が注目したのは、次の二点です。
一つ目は、方針を決めた人です。報告書によると、会社の対応方針は「港社長、大多専務及びG編成制作局長の3名のみ」で決められました。被害を受けた社員に対応していた産業医や女性管理職は協議に呼ばれず、社内のコンプライアンス推進室に共有するかどうかも「協議・検討すら行われなかった」とされています。報告書は、決めたのが被害者と同じ女性が関与しない、同質性の高い壮年の男性だけだったことも指摘しています。
二つ目は、実際に対応した人です。被害を受けた社員の上司だった女性管理職(報告書ではF氏)が、窓口を一本化されて対応を担いました。報告書はこう書いています。
> 「F氏に課せられた役割は一管理職の職責を超えるもの」
決めたのは、現場から遠い3人。作業と心理的な負担は、現場に一番近い1人へ。第2章で見た「作業の転嫁」が、ここではほとんど純粋な形で起きています。
報告書は、役員の選び方にも踏み込んでいます。役員の指名は「ブラックボックス化した透明性と公平性を欠いたもの」で、そうした指名が取締役の拙劣な対応の「一要因であったことは否定しがたい」としています。危機の最中、社長がゴルフや宴席を優先し、その態度に複数の社員が「失望と怒り」を感じたことも記されています。
そして、この会社の話は過去形では終わっていません。2026年7月には、退職を申し出た制作の中堅社員に対して、上司が「辞めるんだったら、制作会社と演者全員から承諾をもらってこい」と迫り、社員が相談したコンプライアンス窓口も動かなかったと報じられました(会社側は人事の詳細には答えていません)。窓口という「形」はあります。でも、動きません。これがガバナンセンスです。
### アイドル:被害者が謝る
2019年、NGT48のメンバーが、自宅に押しかけた男性ファン2人から暴行を受けました。2人は逮捕されましたが、不起訴になっています。
事件の公表から2日後の公演で、被害を受けたメンバー本人が、観客の前でこう謝罪しました。「このたびはたくさんお騒がせしてしまい、まことに申し訳ありません」。
その後、運営会社の記者会見の最中に、本人はSNSにこう投稿しています。運営会社の取締役に謝罪を要求され、拒むと同じチームの他のメンバーに代読させると言われた、と。取締役は会見で「謝罪を強要することは一切ありません」と否定しました。どちらが事実なのかを、私は判断できません。ただ、弁護士の伊藤和子氏は、この経緯こそ第三者委員会が調べるべきだったのに、報告書に記載がないことを疑問視しています。
本人の主張どおりだとすれば、これは「責任の転嫁」の極端な形です。責任は弱い人へ流れます。そして、組織の中で一番弱い立場にいたのは、被害者本人でした。
### アイドル:見える人が謝る
2026年9月、人気グループtimeleszのメンバーの1人が、知人女性への傷害の疑いで逮捕されました(その後、示談が成立して処分保留で釈放され、所属事務所は専属契約を解除しています)。
翌日、謝罪したのは残る7人のメンバーでした。連名の文書で被害者を気遣い、ファンや関係者に「本当に申し訳ございません」と書きました。グループのCMは、8人分まとめて閲覧できなくなりました。あるメンバーがブログに書いた一言は「今言うべきじゃない」とネットで叩かれました。一方で、「矢面に立ってくれてありがとう」という声も上がっています。
元放送作家の長谷川良品氏は、事務所が「タレントを矢面に押し出すことでプチプチのような安い緩衝材の役割を担わせ」ていると指摘し、これを「タレント矢面商法」と批判しました。
ここで起きているのは「怒りの転嫁」です。怒りは、見える人へ流れます。芸能の世界では、一番よく見えるのはタレントです。しかし、タレントは組織の方針を決める立場にはありません。決める力のない、一番見える人が、矢面に立たされるのです。
### 会社:点数と恐怖
一般の会社でも、同じ構造は珍しくありません。
2023年に保険金の不正請求が明るみに出た中古車販売大手のビッグモーターでは、社員に配られた経営計画書に、次の一文があったと報じられています。
> 「経営方針の執行責任を持つ幹部には、目標達成に必要な部下の生殺与奪権を与える」
同社では、本社の幹部が月に一度店舗を回り、清掃などの状況を採点する「環境整備点検」が行われていました。店舗前の街路樹を枯らしたとして器物損壊の罪に問われた元店長は、自身の裁判の被告人質問で、「店舗点検による点数が悪いと店長を降格させられることがあり、怖くて指示を断れなかった」と述べたと報じられています。元店長は罰金刑を受けました。
点数と降格の恐怖で現場を動かす。その結果、店長は「怖くて断れず」、街路樹が枯らされました。刑事責任を問われたのは、現場の店長でした。
もう一つ、ごく最近の例を挙げます。2026年9月、中部電力は浜岡原子力発電所をめぐる不適切な事案について、特別調査委員会の報告書を公表しました。報告書は、経営層が審査の遅れについて現場の部署を叱責していたことが、「通常の業務遂行では達成困難な目標の充足を迫る圧力として作用し」、不適切な行為の要因の一つになったと指摘しています。さらに、「社内外からの指摘という是正の機会が何度もあったにもかかわらずこれを活かすことができなかった」こと、内部通報の窓口などの仕組みが「十分に機能しなかったことが本事案の一因」であることも認めています。なお、報告書は、経営陣が不正に直接関与したとは認定していません。
上からは圧力だけが降りてきて、具体的な指示は記録に残りません。現場は「察して」動きます。社内から声は上がったのに、通報の仕組みは働きませんでした。ここにも、ガバナンセンスの典型があります。
### 法則にまとめる
ここまでの事例を一つの表に並べてみます。
| | 作業は「近い人」へ | 責任は「弱い人」へ | 怒りは「見える人」へ |
|---|---|---|---|
| 国(簗問題) | 答弁・資料を作る職員 | 疑いの目を向けられうる、数字を整理した担当部局(推測) | 「官僚の忖度」 |
| 県(福岡) | 百条委員会を回す事務局 | 「なぜ止めなかったか」を問われうる事務局(推測) | 「県が税金を無駄遣い」 |
| テレビ局 | ひとりで抱えた女性管理職 | 被害を受けた社員 | 社員・アナウンサー全体 |
| アイドル(NGT48) | 運営の代わりに謝る現場 | 被害者本人(本人の主張による) | グループのメンバー |
| アイドル(timelesz) | 会見・番組を担う7人 | ── | 7人とグループ全体 |
| 会社(ビッグモーター) | 点検に備えて深夜まで清掃する店舗 | 刑事責任を問われた店長 | 現場の社員 |
そして、どの事例でも、決めた人は次のような所にいます。
- **遠い**:辞職して表舞台から去る。3人だけで決めて、現場には出てこない。
- **強い**:人事権、予算権、「生殺与奪権」を持っている。
- **見えない**:記録が残らない。事務所や運営は表に出ない。
まとめると、こうなります。
> 作業は「近い人」へ、責任は「弱い人」へ、怒りは「見える人」へ流れる。決めた人は、遠く・強く・見えない所に残る。
政治と芸能の違いにも、少し触れておきます。政治では、政治家は「決める人」であると同時に「見える人」でもあります。だから、怒りは少なくとも一部は政治家本人に向かいます。ところが芸能では、「見える人」(タレント)と「決める人」(事務所や局の幹部)がはっきり分かれています。そのぶん怒りは、決める力のない人に集中します。芸能の世界では、転嫁がいっそう純粋な形で起きているとも言えます。
### この構造が生まれる条件
この構造は、特定の業界に固有のものではありません。私は、次の三つの条件がそろうと、どこでも生まれると考えています。
1. **依存**:組織が、ある人の力に頼っている。票や予算権、人事権を持つ政治家。売上を稼ぐタレント。創業家のオーナー。頼っているから、誰も「No」と言えません。
2. **記録と声がない**:指示が記録に残らず、相談窓口も機能しません。
3. **外から区別がつかない**:「県」「フジテレビ」「グループ」という看板を、全員が共有しています。だから怒りは、看板の下にいる全員に向かいます。
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## 第4章:形はある、中身がない ── ガバナンセンスの解剖
### 「分かっている」のに「やらない」
ここまで読んで、「では、全部この逆をやればいいではないか」と思った方もいるでしょう。決めた人が責任を負う。記録を残す。現場が「No」と言える。怒りの宛先を正す。そうすればよいはずです。理屈は簡単です。
実際、経営者の多くは、このことを「分かって」います。人事コンサルティング会社のカルチャリアが2021年に、従業員100人以上300人未満の企業の経営者109人に尋ねた調査では、「心理的安全性は健全な組織運営のために重要だと思いますか」という問いに、99.1%が「重要」と答えています。
一方で、働く側はどうでしょうか。少し古い調査ですが、消費者庁が2016年度に約3,000人の労働者を対象に行った調査では、勤め先の不正を通報・相談するとした人のうち、最初の通報先に勤め先以外(行政機関や報道機関)を選んだ人が46.7%に上りました。その理由として最も多かったのは「通報しても十分に対応してくれないと思う」(37.0%)で、次が「解雇や不利益な取扱いを受けるおそれがある」(33.4%)でした。
調査の時期も対象も違うので、二つの数字を単純には比べられません。それでも、構図は見えると思います。経営者のほとんどが「大事だ」と言う一方で、働く人の半数近くは、不正を見つけても最初の相談先に社外を選び、その理由の筆頭に「社内では十分に対応してくれない」を挙げているのです。
分かっているのに、やらないのです。なぜでしょうか。
### 理由1:逆をやると、権力者自身の力が減る
一番の理由は、これだと思います。
記録を残すこと、現場が「No」と言えるようにすること、自分が矢面に立つこと。どれも、権力を持つ側にとっては、面倒で、不利なことです。記録が残れば、言った言わないで逃げられなくなります。「No」と言われれば、思いどおりに動かせなくなります。矢面に立てば、批判を浴びます。
裏返せば、3つの転嫁は、上にとって「楽で得」だから起きているのです。転嫁は、偶然の事故ではありません。権力を持つ側に、そうする動機がある構造なのです。
### 理由2:短期的には、転嫁の方が儲かる
恐怖で現場を動かすと、少なくともしばらくは数字が出ます。ビッグモーターは、問題が明るみに出るまで急成長していました。点数と降格で縛られた現場は、必死で働きます。その代償が、街路樹や保険金の不正請求という形で表に出るまでには、時間がかかります。
政治でも同じです。記録を残さない口利きは、地元への予算という「成果」になりやすい。その代償である行政の公正さへの不信は、すぐには票に響きません。
### 理由3:トップには、悪い情報が届かない
これは見落とされがちですが、とても大事な点です。
フジテレビでは、方針を3人だけで決め、現場の産業医や管理職の意見を聞きませんでした。浜岡原発では、社内から指摘や通報があったのに、是正の機会を活かせませんでした。
転嫁が起きている組織ほど、悪い情報は上に上がりません。悪い報告をした人が責められる組織では、誰も悪い報告をしなくなるからです。その結果、トップは「うちはうまくいっている」と思い込みます。経営者は、自分の組織の問題を最後に知る人になりやすいのです。
### 理由4:成功体験
トップダウンで組織を大きくしてきた人ほど、そのやり方を変えにくいものです。自分のやり方で成功してきたのですから、それを否定するのは自分を否定するのと同じに感じられるのでしょう。
### 監視役まで、依存の中にいる
ここで、さらに厄介なことがあります。組織を外から、あるいは内側から正すはずの人たちまで、同じ依存関係の中にいるのです。
**議会事務局。** 議会の調査を支えるはずの事務局は、第2章で見たとおり、執行部から来て数年で戻る職員で成り立っています。
**経営コンサルタント。** 2023年には、知床の遊覧船事故を起こした運航会社と、ビッグモーターの両方が、同じ経営コンサルティング会社の顧客だったと報じられました。ただし、このコンサル会社の責任が公的に認められたわけではありません。コンサル会社の側も、手法の「趣旨を誤解された」と説明しています。私も、コンサル会社がこの二つの事故や不正を引き起こしたとは考えていません。
私が言いたいのは、もっと一般的なことです。点検、採点、経営計画書の読み上げといった手法は、「トップの意思を現場の隅々まで届ける」道具です。ブレーキのある組織で使えば、規律になります。しかし、オーナーが「生殺与奪権」を持つような、ブレーキのない組織で使えば、3つの転嫁を増幅する装置になります。同じ道具でも、使う組織によって結果がまったく変わるのです。
では、コンサルタントは顧客に「あなたの力が強すぎることが問題です」と言えるでしょうか。言うべきだと私は思います。ただ、構造的にはとても言いにくい。コンサルタントにお金を払うのは社長だからです。社長に依存している以上、社長に「No」とは言いにくい。議会事務局の職員と同じ立場です。それに、売れるのは「業績を上げる道具」であって、「社長の力にブレーキをかける話」は売れにくいのです。
**第三者委員会。** 第三者委員会も、委嘱するのは組織の側です。何を調べるかの範囲も、組織の委嘱で決まります。吉野ヶ里町の第三者委員会は、課長の死亡との因果関係を「委嘱事項に入っていない」として調べませんでした。NGT48の第三者委員会は、被害者が謝罪した経緯を報告書に書いていません。
**メディア。** フジテレビの件で、危機管理の専門家の石川慶子氏はこう問いかけています。政治家や行政、大企業の不祥事はマスメディアがチェックします。では、マスメディアの不祥事は誰がチェックするのでしょうか。
監視役が、監視される側に依存しているのです。これもまた、ガバナンセンスの重要な特徴です。
### 自浄は、偶然に頼っている
では、実際の不祥事は、何をきっかけに止まったのでしょうか。
- **福岡**:宴会の動画を広めたのは、ネットメディアやNHKの報道でした。議長ポストをめぐる金銭の問題は、議員本人の告発から始まりました。海外視察の記録が公表されたのは、問題になった後の2026年8月です。
- **フジテレビ**:被害者本人の発信、週刊誌の報道、社員の怒り(労働組合は80人から500人以上に増え、経営刷新を求める意見書を出しました)、スポンサーの撤退、海外の株主の圧力が重なりました。
- **浜岡原発**:社内の通報は2回あったのに是正されず、発覚のきっかけは規制当局への外部からの情報提供でした。
- **兵庫**:元県民局長による告発文書でした。
- **吉野ヶ里**:遺族による公務災害の申請でした。
どれも、組織の「形」としての仕組みが働いた結果ではありません。内部の誰かが身を削って声を上げたか、外部の新しい回路(ネットメディア、SNS、スポンサー、株主、規制当局)が動いたか。その偶然が重なったときにだけ、組織は動いています。
一番近くで見ていた人たちに話す場がなかった。福岡で視察の手配をし、宴会に随行し、議員連盟の昼食を配膳していたのは職員です。彼らは、メディアが動画を手に入れる何年も前から、何が起きているかを見ていたはずです。
ここに、この論考の大事な発見があります。職員が安心して話せる場は、後始末のときに職員を守るための仕組みだと、私は最初考えていました。しかし実は、それは不正を一番早く止める監視の仕組みでもあるのです。職員を守ることと、腐敗を防ぐことは、同じ仕組みでできるのです。
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## 第5章:経営者とは、政治家とは
### 「経営者もどき」は経営者なのか
ここまで考えてきて、私は素朴な疑問を持ちました。
経営者の仕事は、楽をすることでも、自分の力を見せつけることでもないはずです。経営者は経営をするのが仕事です。そうだとすれば、責任を下に流し、怒りを現場に浴びせ、自分は遠くにいる人は、そもそも「経営者」と呼ぶべきではないのではないか。政治家についても、同じことが言えるのではないか。
この疑問を確かめるために、経営学や政治学の古典に当たってみました。日本にも、経営哲学学会や経営学史学会といった、こうした問いを扱う学会があります。古典の答えは、驚くほどはっきりしていました。
### 地位ではなく、責任で定義する
**マックス・ヴェーバー(政治家と官僚)**
まず、政治家について、ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが1919年に行った講演『職業としての政治』を見てみます。ヴェーバーは、官僚と政治家の「名誉」をはっきり区別しました。脇圭平の訳(岩波文庫)では、官僚の名誉は次のように書かれています。
> 「自分の上級官庁が、——自分の意見具申にもかかわらず——自分には間違っていると思われる命令に固執する場合、それを、命令者の責任において誠実かつ正確に——あたかもそれが彼自身の信念に合致しているかのように——執行できることが名誉である」
一方、政治指導者の名誉は、次のとおりです。
> 「自分の行為の責任を自分一人で負うところにあり、この責任を拒否したり転嫁したりすることはできないし、また許されない」
100年以上前に、ヴェーバーは「転嫁」という言葉まで使って、政治家の本質を定義していたのです。官僚は、命令した人の責任において、命令を正確に実行します。政治家は、その責任を自分一人で負います。この分業が成り立っていれば、官僚は安心して命令を実行できます。
3つの転嫁は、この分業を壊します。政治家が責任を負わないのなら、官僚は「命令者の責任において」実行することができません。命令した人が責任を取らないなら、責任は実行した人に残るからです。
**チェスター・バーナード(権限は下が決める)**
次に、経営者についてです。アメリカの電話会社の経営者だったチェスター・バーナードは、1938年の『経営者の役割』で、のちに「権限受容説」と呼ばれる考え方を示しました。
> 「命令が権限を持つかどうかの決定は、命令を受ける人の側にある」(第12章、筆者訳)
権限は、上が持っているものではありません。下が命令を受け入れたときに、初めて成り立ちます。バーナードはそう考えました。さらに彼は、経営者の責任の本質を、複雑な道徳の規範に従うことだけでなく、「他の人々のために道徳的な規範を創造すること」だとしています(第17章、筆者訳)。
この考え方に立つと、3つの転嫁を続けて部下の信頼を失った経営者は、地位はあっても、権限そのものを失っていることになります。
**メアリー・パーカー・フォレット(支配する力と、共に生み出す力)**
経営思想の先駆者であるメアリー・パーカー・フォレットは、1924年の『創造的経験』で、力を二つに分けました。相手を支配する力(power-over)と、共に生み出す力(power-with)です。そして、「本物の力は power-with であり、power-over は偽りの力である」と書いています。
また、1925年の講演「命令の与え方」では、命令は上司の個人的な権威から出すのではなく、上司も部下も「状況の法則」、つまりその場の事実が求めることに従うべきだと説きました。
「生殺与奪権」で現場を動かす経営は、フォレットの言う power-over そのものです。フォレットの基準に照らせば、それは偽りの力です。
**ピーター・ドラッカー(地位ではなく責任)**
「マネジメントの父」と呼ばれるピーター・ドラッカーは、1992年の『未来企業』(原題 Managing for the Future)の中で、リーダーの条件を次のように書いています。
> 「リーダーは、リーダーシップを地位や特権ではなく、責任と見なければならない」(筆者訳)
また、1977年の『People and Performance』では、マネジメントとは突き詰めれば、地位への服従を責任に、地位の権威を成果の権威に置き換えることだ、と述べています。
**ジム・コリンズ(窓と鏡)**
最後に、もう少し新しい研究です。ジム・コリンズは2001年の『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』で、長く成功した会社の経営者に共通する特徴を「第5水準のリーダーシップ」と名付けました。その特徴の一つが「窓と鏡」です。
うまくいったときは窓の外を見て、部下や運に功績を渡します。うまくいかないときは鏡を見て、自分に責任があると考えます。
3つの転嫁は、ちょうどこの逆です。転嫁する経営者は、成功を鏡に映して自分の手柄にし、失敗は窓の外に放り投げます。
**日本の系譜**
日本にも同じ系譜があります。渋沢栄一は『論語と算盤』で、「論語と算盤といふ懸け離れたもの」を一致させることを説きました。松下幸之助は『実践経営哲学』で、事業経営は本質的には「私の事ではなく、公事であり、企業は社会の公器なのである」と書いています。
### もう一つの系譜:「放っておけば私益に走る」
ここまで見ると、古典は私の疑問に「そのとおり」と答えているように見えます。経営者や政治家は、地位ではなく、責任を引き受けるという機能で定義されます。その機能を果たさない人は、地位にはいても、経営や政治をしていない人です。
ただ、学問にはもう一つ、冷めた系譜があります。
1932年、アドルフ・バーリとガーディナー・ミーンズは『現代株式会社と私有財産』で、大きな株式会社では、会社を所有する株主と、会社を動かす経営者が分かれていることを示しました。いわゆる「所有と経営の分離」です。
1976年、マイケル・ジェンセンとウィリアム・メックリングは、これを「エージェンシー理論」として定式化しました。経営者は株主の「代理人(エージェント)」です。代理人は、放っておけば自分の利益を優先します。楽をする、力を示す、私的な便益を得る、といった具合です。だから、監視と報酬の仕組みで縛る必要がある、という考え方です。
この系譜から見ると、「経営者もどき」は例外ではありません。予想どおりの姿です。だからこそ、取締役会や社外取締役、指名委員会、内部通報制度といった仕組みがあるのです。
### 「呼ばない」だけでは足りない
では、「経営者もどき」を経営者と呼ぶべきではない、という私の最初の疑問はどうなるのでしょうか。
定義としては、私はいまもそう思っています。古典のほぼすべてが、経営者や政治家を「地位」ではなく「機能と責任」で定義しているからです。
ただ、「呼ばない」だけでは足りない、とも思うようになりました。理由は二つあります。
一つ目は、名前を取り上げても、地位と権限は残ることです。私たちが「経営者もどき」と呼んでも、現場の人の給料や降格を決める力は、その人の手にあります。
二つ目は、「あれは本物ではない」で片づけると、その人を選んだ仕組みが問われなくなることです。フジテレビの第三者委員会は、役員の指名がブラックボックス化していたことを、問題の要因の一つとして挙げていました。
つまり、古典の二つの系譜は、両方そろって初めて役に立つのです。
- 一つ目の系譜(ヴェーバー、バーナード、フォレット、ドラッカー、コリンズ)は、「経営者や政治家とは何か」という物差しをくれます。
- 二つ目の系譜(エージェンシー理論)は、「物差しに合わない人が地位に就くのは当然起きる。だから仕組みで縛れ」と教えてくれます。
そして、ガバナンセンスとは、まさにこの二つ目が形だけになっている状態のことです。縛るための仕組みは置いてあります。でも、縛れていません。
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## 第6章:俯瞰 ── 自浄を偶然に頼る国
### 三層を同じ物差しで並べる
ここまでの物差しで、いまの国と地方の政治を見渡してみます。
ただ、最初にこの俯瞰の限界を書いておきます。ここで材料にしているのは、表に出た事例です。表に出た事例だけを見れば、悪い方に偏るのは当然です。大半の議員や首長がこうだ、と言うつもりはありません。私が問いたいのは、「こういう人が出たとき、止める仕組みがどう働いているか」です。
| | 国(簗問題) | 都道府県(福岡・兵庫) | 市町村(吉野ヶ里・伊東) |
|---|---|---|---|
| 権限を使った人 | 大臣(予算の照会) | 議会の有力者/知事 | 町長/市長 |
| 記録 | 面談記録は作られず | 視察の費用の内訳は問題化した後に公表 | ── |
| 負担を負った人 | 答弁や資料を作る職員 | 議会事務局(福岡)、告発した元県民局長(兵庫) | 進言した課長(吉野ヶ里)、百条委員会を回す市の職員(伊東) |
| 政治家側の結末 | 辞任(記録がなく、事実は検証できないまま) | 辞職し議会の懲罰の外へ(福岡)/出直し選挙で再選(兵庫) | 3選後も辞任せず(吉野ヶ里)/失職後に起訴、本人は否認(伊東) |
| 止める仕組み | 国会の追及。記録がなく「なかったと思う」で終わる | 百条委員会。素人の運営で政争にもなる | 百条委員会・第三者委員会。肝心の因果関係は調べず(吉野ヶ里) |
静岡県伊東市では、2025年に市長の学歴をめぐる疑惑が持ち上がり、市議会が百条委員会を設置しました。市長は失職し、2026年3月に、卒業証書の偽造などと、百条委員会での虚偽の陳述の罪で在宅起訴されています。本人は否認しており、判決は出ていません。ここで私が注目したいのは、この百条委員会の事務も、また市の職員が担ったということです。
三層とも、同じ形をしています。規模も権限の種類も違うのに、権限は上に、責任と負担は下に流れています。
### 言えること①:責任の取り方が「辞職」か「選挙」しかない
第2章で見たとおり、政治家の責任の取り方は、辞職か、選挙で審判を受けるかです。
辞職すると、議会による懲罰の外に出ることができます。もちろん、百条委員会は議員でない人も「関係人」として呼び出せますし、地方自治法第100条は、正当な理由なく出頭や証言を拒んだ人への罰則(6か月以下の拘禁刑または10万円以下の罰金)や、宣誓のうえで虚偽の陳述をした人への罰則(3か月以上5年以下の拘禁刑)を定めています。ただ、これらは証言をめぐる罰則で、不始末そのものへの処分ではありません。議員でなくなった人に、議会が懲罰を科すことはできないのです。
選挙は、本来は有権者が責任を問う装置です。しかし兵庫県の知事は、百条委員会の調査が続くなかで行われた出直し選挙で再選されました。吉野ヶ里町の町長も、パワハラが認定された後の選挙で3選しています(得票率は約31%で、3人の新人が票を分け合いました)。当選すると「民意を得た」とされ、責任がリセットされたかのように扱われます。
選挙は、事実を確かめる場ではありません。人気や、対立候補との比較で決まります。だから、事実の解明と責任の追及を選挙に任せきると、うまく働きません。会社で言えば、「株主総会で選ばれたのだから、不正の調査はしなくていい」と言っているのに近い状態です。
### 言えること②:縛る仕組みがどれも形だけになっている
第5章の「放っておけば私益に走るので、仕組みで縛る」という考え方で、仕組みを一つずつ見てみます。
| 仕組み | 形 | 中身 |
|---|---|---|
| 記録 | ガイドラインは「軽微なもの」を厳格かつ限定的に解すべきとしている | 政治家の照会は「軽微」として記録されない |
| 議会の監視 | 地方は二元代表制で、議会が首長を監視する | 「オール与党」の議会では監視する側とされる側が一体になる |
| 議会事務局 | 職員の任命権は議長にある | 実際は執行部から来て数年で戻る |
| 百条委員会 | 出頭・証言を強制でき、偽証は処罰される | 委員は調査の素人。政争の道具にもなり、事務局は「予算がない」と言う |
| 第三者委員会 | 外部の専門家が調べる | 調べる範囲は委嘱する側が決める |
| 内部通報 | 窓口はある | 半数近くの人が社外を選ぶ |
福岡の「オール与党」について、少し補足しておきます。2026年9月の報道は、福岡県議会が長年ほぼ自民党を中心とする「オール与党」体制で、異を唱える少数の声が聞き入れられず、緊張感もない状態が続いてきたという関係者の指摘を伝えています。知事についても、「(議会の有力者に)知事にしてもらった」と評されると報じられました。本来は議会が知事を監視するはずですが、監視する側とされる側の距離が近すぎたのです。
### 言えること③:ツケは住民に回ってくる
これまでの話をつなげると、悪循環が見えてきます。
1. 政治家の不始末が起きる
2. 後始末と責任と怒りが、職員に転嫁される
3. 職員が疲弊し、辞める人が増え、志望する人が減る
4. 人が足りなくなり、記録・説明・チェックがさらに手薄になる
5. 次の不始末が起きやすく、見つかりにくくなる。そして1に戻る
この悪循環で最後に困るのは、住民です。窓口、福祉、道路、学校。職員が減れば、そのすべての質が落ちます。政治家の不始末のコストは、最終的に住民サービスの質として回収されるのです。
第1章で私は、百条委員会の後始末は「半分は県民のための仕事だ」と書きました。ここまで来ると、もう少しはっきり言えます。後始末をきちんとしなければ、県民が一番損をするのです。
### 言えること④:問題は腐敗の量ではなく、自浄力の弱さ
「政治はみんな腐っている」と言うのは、言い過ぎです。議員の日常の仕事の大半、たとえば地元の要望の取り次ぎや条例の審議、委員会での地道な質問は、ニュースになりません。人は悪い情報を強く覚える傾向があることも、心理学で繰り返し確かめられています(ネガティビティ・バイアス)。不祥事が続けば、「政治家はみんなそう」と見えてしまいます。
実はこれは、公務員が受けているレッテルと同じ仕組みです。一部の不始末で、全体が叩かれるのです。
ただ、「悪目立ちしているだけ」で済ませられない理由もあります。
一つ目は、見えていない不正があるはずだということです。福岡の慣例は数十年続いていました。海外視察も、約3年で23回、約2億6000万円が使われるまで表に出ていません。表に出た不祥事は、「一部が目立った」のではなく、「たまたま見つかった一部」なのかもしれません。
二つ目は、一つの不正が、有益な仕事の信頼まで壊すことです。配分の公正さが疑われれば、正しく配った予算まで疑われます。有益な仕事と不正は、足し引きで相殺できる関係ではありません。
だから私は、問題の核心は腐敗の「量」ではなく、自浄力の「弱さ」にあると考えます。「政治家もどき」、つまり地位にはいるけれど責任を引き受けない人が出るのは、どんな組織でも避けられません。問題は、そういう人が出たときに、早く止まらないことです。福岡の視察は約3年、慣例は数十年続きました。吉野ヶ里町では、課長が亡くなってから公務災害が認定されるまでに、2年近くかかっています。
そして、止まるきっかけは、内部の誰かが身を削って声を上げることか、動画が流出することに頼っています。いまの日本の自浄は、偶然に頼っているのです。
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## 第7章:ガバナンセンスから抜け出すために
### 仕組みに、中身を入れる
ガバナンセンスから抜け出す方向は、実ははっきりしています。新しい仕組みを足すことではなく、すでにある仕組みに中身を入れることです。
**① 記録を残す**
政治家との接触、議員からの要求を、記録に残すことです。ガイドラインの「軽微なもの」を、文字どおり厳格に解釈すれば済みます。少なくとも、個別の補助金や交付金、予算の配分にかかわる議員からの照会は、「軽微」から外すべきだと私は考えます。
記録は、職員を守る盾になります。記録があれば、職員は後から「言われてやった」と証明できます。責任の転嫁も、怒りの転嫁も、記録があれば止めやすくなります。記録がないから、責任は弱い人に寄るのです。
**② 声を上げても、不利益を受けないようにする**
2026年12月1日、改正公益通報者保護法が施行されます。公益通報をしたことを理由に通報者を解雇したり懲戒処分にしたりした者には、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されるようになります(法人には3000万円以下の罰金)。通報から1年以内の解雇や懲戒は、通報を理由とするものと推定されます。公務員についても、通報を理由とした分限免職や懲戒処分が罰則の対象になります。
これは大きな前進です。ただし、罰則の対象は解雇と懲戒に限られ、配置転換などは含まれません。また、法律ができても、窓口が動かなければ意味がありません。浜岡原発でも、通報の窓口はありました。
百条委員会にも、同じことが言えます。職員が「言われてやった」と話しても、その後の人事で不利益を受けないこと。委員会がそのことをはっきり約束しなければ、職員は本当のことを話せません。
**③ 後始末に、人と時間を回す**
百条委員会のような調査の期間中は、事務局に応援の人を回すべきです。地方自治法第100条の2は、議会が専門的な事項の調査を学識経験者などにさせることができると定めています。事実調べの実務を弁護士などの外部の専門家に頼めば、事務局の負担を減らせます。同時に、「調べる側が、調べられる側でもある」という矛盾も和らげられます。
長い目で見れば、議会事務局を執行部から独立させることも必要でしょう。都道府県議会制度研究会の報告書は、議長が人事権を実質的にも握ること、弁護士などを任期付きで採用すること、調査を支える機構を共同で設けることなどを提言しています。
**④ 怒りの宛先を正す**
不祥事が起きたとき、組織のトップは「職員に苦情を向けないでほしい」と、自分の口ではっきり発信すべきです。兵庫県の文書問題では、この発信が足りなかったと石川慶子氏は指摘しています。
報道にも役割があります。「役所が」「県が」ではなく、「誰が決めたのか」を主語にして報じることです。
**⑤ 決めた人に責任を戻す**
返還や処分は、手続きをした職員ではなく、決めた政治家や経営者に向けるべきです。そして、決めた人を選ぶ仕組み(役員の指名、候補者の選び方)に、物差しを入れることです。
### 一人ひとりにできること
最後に、制度の話から、私たち一人ひとりの話に移ります。
**所属先を選ぶとき**
3つの転嫁を知ると、「そんな組織には所属しない方がいい」と言いたくなります。ただ、それでは生きていけませんし、実際には、うまくいっている組織もたくさんあります。
うまくいっている組織に共通するのは、決める人が近く、見える所で責任を負い、現場が「No」と言えることです。よく知られた例に、トヨタの生産現場の「アンドン」があります。異常に気づいたら、ラインの誰でもひもを引いて、生産ラインを止められる仕組みです。一番下の人に「No」と言う権限を、制度として持たせているのです。
所属先を選ぶときや、いまいる組織を見直すときは、次のような点を見るとよいと私は思います。
- 失敗やミスを報告した人は、その後どうなったか(責められたか、感謝されたか)
- 相談窓口が実際に動いた例はあるか
- トラブルのとき、トップ本人が出てきて説明したか
- 辞めた人が、その組織をどう語っているか
**有権者として**
エージェンシー理論で言えば、政治家にとっての「株主」は有権者です。有権者が見ていなければ、政治家という代理人は、放っておけば私益に走ります。
選挙で見るべきは、人気ではなく、その人の「責任の取り方」です。不祥事が起きたとき、その人は窓を見たのか、鏡を見たのか。公開されている記録や報道を読み、事実と推測を分け、「誰が決めて、誰が負担したのか」を見ること。それは、有権者が政治家を縛る仕組みの一部になるということです。
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## この論考の作り方について
この論考は、私一人の頭から出てきたものではありません。方法を正直に書いておきます。
私は、ニュースサイトの記事や公的な報告書を自分で集めて保存し、それを一次資料にして、AI(Anthropic社のClaude)と一緒に検討してきました。私が問いを立て、AIが記事の全文を読み、事実と推測を分けて所見を返す。私がそれに疑問をぶつけ、見立てを直していく。その往復の記録は、すべて自分の課題管理のシステムに残してあります。
「ガバナンセンス」という言葉や、「職員の本音は『立ち上がらなければいいのに』ではないか」「これは政治だけの話ではないのではないか」「そんな人は経営者と呼ぶべきではないのではないか」という問いは、私から出たものです。「3つの転嫁」や「近い人・弱い人・見える人」という整理は、その往復の中で形になりました。
公開にあたっては、検討の途中で「要約しか読めていない」「記憶に頼っている」としていた事実を、改めて一次資料で確かめ直しました。その過程で、いくつもの数字や表現を訂正しています。たとえば、ある学説の有名な言葉が実は出典の確認できない言い換えだったこと、改正公益通報者保護法がまだ施行前だったことなどです。
AIと考えることには、もちろん危うさもあります。AIは間違えますし、相手の意見に同調しやすい傾向もあります。だからこそ、一次資料に当たること、推測を推測と明記すること、間違いが分かったら直すことを、自分に課しました。それでも残っている誤りがあれば、それは最終的に公開を判断した私の責任です。
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## おわりに
「ガバナンスはなく、ガバナンセンスがある」。
この言葉は、半分は冗談として思いつきました。ただ、ここまで書いてきて、冗談で済ませられないことがよく分かりました。
この論考で見てきた事例の中には、亡くなった方が何人もいます。告発文書を作った兵庫県の元県民局長。百条委員会の委員だった元県議。財政上の課題を進言した吉野ヶ里町の課長。文書の改ざんの作業を指示された近畿財務局の職員。いずれも、「決めた人」ではありませんでした。
ガバナンセンスの下で、作業は近い人へ、責任は弱い人へ、怒りは見える人へ流れます。その流れの行き止まりに、人の命が置かれることがあるのです。
それでも、私は悲観だけで終わりたくはありません。仕組みの形は、すでにあります。窓口も、記録のルールも、第三者委員会も、百条委員会も、そして12月からは強化された公益通報者保護法もあります。足りないのは、そこに中身を入れることです。
そして、中身を入れられるのは、結局は私たち一人ひとりです。職員として、社員として、有権者として、「誰が決めて、誰が負担したのか」を問い続けること。窓ではなく鏡を見る人を選ぶこと。声を上げた人を、ひとりにしないこと。
ガバナンセンスを、ガバナンスに戻す。それは、形を作ることではなく、形に中身を入れ続けることなのだと、私は思います。
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## 予想される反論と、それに対する見解
### 反論1:「悪目立ちした少数の例を集めて、一般化しているだけではないか」
この反論は、私自身が一番気にしているものです。第6章でも書いたとおり、私が材料にしたのは表に出た事例で、悪い方に偏っています。
ただ、私が一般化しているのは、「政治家や経営者はみんな悪い」という主張ではありません。「そういう人が出たとき、止める仕組みが形だけになっている」という主張です。そして、この主張を支えるのは、個々の事例だけではありません。経営者の99.1%が心理的安全性を重要と答える一方で、働く人の半数近くが最初の通報先に社外を選ぶという調査。浜岡原発の報告書が自ら認めた「内部通報の仕組みが十分に機能しなかった」こと。行政文書のガイドラインが「厳格かつ限定的に」と書いているのに、照会の記録が作られなかったこと。これらは、少数の悪人の問題ではなく、仕組みの問題を示していると私は考えます。
それでも、うまく機能している組織や議会の事例を十分に集めたわけではありません。この点は、この論考の限界として認めます。
### 反論2:「職員にも、『No』と言わなかった責任があるのではないか」
あります。私は、職員に責任がまったくないとは考えていません。不正と知りながら手を貸したのであれば、責任は問われるべきです。
ただ、問いたいのは責任の「配分」です。決めた人と手を動かした人がいたとき、いまの仕組みでは、手を動かした人の方が重い責任を負いやすくなっています。職員は懲戒や刑事責任を問われ、政治家は辞職や再選で終わります。「No」と言わなかった責任を問うのであれば、「No」と言える仕組み、つまり記録と、声を上げても不利益を受けない保証を先に整えるべきです。それなしに職員の責任だけを問うのは、転嫁をもう一度繰り返すことになります。
### 反論3:「百条委員会も第三者委員会も、実際に不正を暴いている。『ナンセンス』は言い過ぎだ」
半分は、そのとおりです。兵庫の第三者委員会は、通報者を探したことを違法と判断しました。フジテレビの第三者委員会は、役員の指名の問題にまで踏み込みました。福岡の百条委員会も、多数派が渋るなかで設置までこぎつけています。仕組みが働いた場面は、確かにあります。
ただ、それらの多くは、不祥事が表に出た「後」に働いたものです。表に出るきっかけは、告発や流出という偶然でした。そして、調べる範囲が委嘱する側に決められたり(吉野ヶ里の因果関係、NGT48の謝罪の経緯)、運営が政争に巻き込まれたりする限界もあります。私が「ナンセンス」と呼んでいるのは仕組みそのものではなく、仕組みが「事後にしか、しかも偶然が重なったときにしか」働かない状態のことです。
### 反論4:「政治と芸能を同じ枠組みで語るのは、乱暴ではないか」
違いは確かにあります。政治家は選挙で選ばれ、公金を扱い、法律に基づく権限を持っています。芸能事務所やテレビ局は民間の組織で、タレントとの関係も契約に基づきます。
それでも同じ枠組みで語ったのは、「依存」「記録と声の不在」「看板の共有」という三つの条件がそろうと、業界を問わず同じ形の転嫁が起きるからです。むしろ違いを並べることで、見えてくるものもありました。政治では「決める人」と「見える人」が重なっていますが、芸能では分かれています。そのため芸能では、怒りの転嫁がより純粋な形で起きています。こうした比較は、別々に見ていたら気づけなかったと思います。
### 反論5:「トップダウンは組織の成長に必要だ。ブレーキを強めれば、組織は何も決められなくなる」
これは、私がもっとも真剣に受け止めるべき反論だと思います。素早い決断が求められる場面で、合議と記録ばかりでは組織は動けません。実際、トップダウンで急成長した会社はいくつもあります。
ただ、私が求めているのは「決めるな」ではありません。「決めた人が、決めたことの責任を負え」ということです。コリンズの研究が示したのも、長く成功した会社の経営者は、強い意志で決断しながら、失敗の責任は自分で引き受けていた、ということでした。トップダウンと責任の引き受けは両立します。両立しないのは、トップダウンと責任の転嫁の組み合わせです。それは短期的には成長を生むかもしれませんが、ビッグモーターや浜岡原発の例が示すように、いずれ大きな代償を払うことになります。
### 反論6:「AIと一緒に考えた論考を、信用できるのか」
もっともな疑問です。AIは間違えますし、問いを投げた人の意見に同調しやすい傾向もあります。
この論考では、それを補うために三つのことをしました。一つ目は、記事や報告書の全文を一次資料にしたことです。二つ目は、推測を推測と明記したことです。三つ目は、公開の前に、数字・事例・学説・法令を一次資料で確かめ直し、間違いを訂正したことです。それでも誤りが残っていれば、ご指摘いただければ直します。
付け加えると、「誰が決めて、誰が責任を負うのか」という問いは、AIを使う場面にもそのまま当てはまります。この論考の公開を決めたのは私です。ですから、その責任も私が負います。
### 反論7:「結局、有権者や個人に責任を押しつけて終わっていないか」
最後の章で「一人ひとりにできること」を書いたので、そう受け取られるかもしれません。それは私の本意ではありません。
この論考の主張は、責任はまず「決めた人」が負うべきだ、ということです。記録を残す、声を上げた人を守る、後始末に人を回す、決めた人に責任を戻す。これらは、政治家や経営者、組織の側がやるべきことです。有権者や個人にできることを書いたのは、それを促す力が、最終的には外からの目にしかないからです。個人に責任を押しつけるためではなく、決めた人に責任を戻すために、外から見続ける必要があります。そういう意味で書きました。
### 反論8:「記録を厳しくすれば、その作業がまた職員に降りてくるだけではないか」
これは、この論考の提案に対する一番痛い反論だと思います。記録を残せと言えば、記録を作るのは結局職員です。作業の転嫁を減らすつもりで、新しい作業を職員に押しつけることになりかねません。
私の答えは二つです。一つ目は、記録の対象を絞ることです。すべての接触ではなく、個別の予算の配分や補助金にかかわる政治家からの照会や要求に限れば、件数はそれほど多くないはずです。二つ目は、記録の負担を要求する側にも負わせることです。たとえば、議員からの個別の要求は文書で出してもらい、その文書を保存する、という形にすれば、職員がゼロから記録を起こす必要はありません。記録の手間を誰が負うのか。ここでも問われているのは、負担の配分なのです。
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## 参考文献
### 書籍
- 『職業としての政治』マックス・ヴェーバー著、脇圭平訳(岩波文庫, 1980)
- 『新訳 経営者の役割』C.I.バーナード著、山本安次郎・田杉競・飯野春樹訳(ダイヤモンド社, 1968)
- 『創造的経験』M.P.フォレット著、三戸公監訳、齋藤貞之・西村香織・山下剛訳(文眞堂, 2017)
- 『組織行動の原理:動態的管理』M.P.フォレット著、米田清貴・三戸公訳(未来社, 1972)
- 『未来企業:生き残る組織の条件』P.F.ドラッカー著、上田惇生・佐々木実智男・田代正美訳(ダイヤモンド社, 1992)
- 『ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則』ジム・コリンズ著、山岡洋一訳(日経BP社, 2001)
- 『現代株式会社と私有財産』A.A.バーリ、G.C.ミーンズ著、森杲訳(北海道大学出版会, 2014)
- 『論語と算盤』渋沢栄一述、梶山彬編(東亜堂書房, 1916)
- 『実践経営哲学』松下幸之助(PHP研究所, 1978)
- 『恐れのない組織』エイミー・C・エドモンドソン著、野津智子訳(英治出版, 2021)
### 論文
- Jensen, M. C., & Meckling, W. H. (1976). "Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure." *Journal of Financial Economics*, 3(4), 305–360.
- Baumeister, R. F., Bratslavsky, E., Finkenauer, C., & Vohs, K. D. (2001). "Bad Is Stronger Than Good." *Review of General Psychology*, 5(4), 323–370.
- Rozin, P., & Royzman, E. B. (2001). "Negativity Bias, Negativity Dominance, and Contagion." *Personality and Social Psychology Review*, 5(4), 296–320.
- Edmondson, A. (1999). "Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams." *Administrative Science Quarterly*, 44(2), 350–383.
### 公的資料・報告書
- 総務省「令和6年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査結果」[https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei11_02000254.html](https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei11_02000254.html)
- 総務省「地方公共団体における各種ハラスメントに関する職員アンケート調査」(2025年4月)[https://www.soumu.go.jp/main_content/001013096.pdf](https://www.soumu.go.jp/main_content/001013096.pdf)
- 消費者庁「平成28年度 労働者における公益通報者保護制度に関する意識等のインターネット調査報告書」[https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/research/pdf/research_190909_0004.pdf](https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/research/pdf/research_190909_0004.pdf)
- 消費者庁「公益通報者保護法と制度の概要」[https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/](https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_partnerships/whisleblower_protection_system/overview/)
- 内閣府「行政文書の管理に関するガイドライン」[https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf](https://www8.cao.go.jp/chosei/koubun/hourei/kanri-gl.pdf)
- 都道府県議会制度研究会 報告書(2020年3月、総務省掲載)[https://www.soumu.go.jp/main_content/000683440.pdf](https://www.soumu.go.jp/main_content/000683440.pdf)
- 日本生産性本部 地方議会改革プロジェクト 議会(事務)局分科会 提言(2024年4月)[https://www.jpc-net.jp/consulting/assets/pdf/20240415.pdf](https://www.jpc-net.jp/consulting/assets/pdf/20240415.pdf)
- 総務省「社会の変革に対応した地方公務員制度のあり方に関する検討会」第3回 資料2(2024年5月)[https://www.soumu.go.jp/main_content/000947258.pdf](https://www.soumu.go.jp/main_content/000947258.pdf)
- 自治労連「カスタマーハラスメント調査結果」(2025年12月)[https://www.jichiroren.jp/sys/wp-content/uploads/2025/12/251201kasuhara.pdf](https://www.jichiroren.jp/sys/wp-content/uploads/2025/12/251201kasuhara.pdf)
- 株式会社カルチャリア「心理的安全性」に関する調査(2021年11月)[https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000088606.html](https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000088606.html)
- フジテレビ 第三者委員会 調査報告書(2025年3月31日)[https://www.fujitv.co.jp/company/news/250331_3.pdf](https://www.fujitv.co.jp/company/news/250331_3.pdf)
- 中部電力 特別調査委員会 調査報告書(2026年9月14日公表)[https://www.chuden.co.jp/publicity/press/1218316_3273.html](https://www.chuden.co.jp/publicity/press/1218316_3273.html)
- 地方自治法、公益通報者保護法(令和7年法律第62号による改正後)、国家公務員制度改革基本法(e-Gov法令検索)
### 報道・論考(主なもの)
- 読売新聞オンライン「福岡県議会『金銭授受疑惑』百条委員会の設置議案を可決」(2026年10月17日)
- FBS福岡放送「『4月以降は海外視察ないのに』百条委を求める県議ら 議長に異例の念押し」(2026年10月14日)
- RKB毎日放送「福岡県議への忖度から生まれた県職員の"悪しき慣例"を見直し」(2026年10月)
- 集英社オンライン「〈福岡県議会のデタラメ〉」(2026年9月28日)
- 石川慶子「兵庫県文書問題が混迷していった原因を考える」(Yahoo!ニュース エキスパート)
- 石川慶子「フジテレビ問題 第三者委員会報告書『経営判断の体をなしていない』」(Yahoo!ニュース エキスパート)
- 伊藤和子「これで再発防止ができるのか? 疑問だらけのNGT48 第三者調査委員会報告とAKS会見。」(Yahoo!ニュース エキスパート)
- 「『軽微なもの』で済まされ、繰り返される不透明な政官接触」(Yahoo!ニュース エキスパートトピ、2026年10月15日)
- 佐賀新聞の吉野ヶ里町に関する一連の報道(2025年9月〜2026年10月)
- 宮崎日日新聞「早期退職101人」(2026年6月16日)
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### 著者プロフィール
kentrue(yousystem)
フリーランスクリエイティブエンジニア/現代社会構造分析フリーク/ミュージシャン/ビジネス寓話創作者/思想家/キャバクラ愛好家
麗澤大学不合格、中央学院大学不合格、千葉商科大学不合格、城西国際大学不合格、
日本大学農獣医学部食品経済学科不合格、明治大学商学部二部不合格、
日本大学法学部法律学科二部不合格、神奈川大学不合格、法政大学二部不合格、
専修大学石巻短期大学部不合格、千葉経済大学不合格、
日本大学短期大学部合格、日本大学経済学部1年の留年を経て卒業
ハッシュタグ
#ガバナンセンス #ガバナンス #百条委員会 #公務員 #組織論 #公益通報 #心理的安全性 #責任
記事情報
公開日
2026-10-17 20:29:51
最終更新
2026-10-17 20:29:53