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秘書を雇えない私は、秘書を「分解」することにしました
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## はじめに
「秘書がいればなあ」。仕事が立て込むと、多くの人が一度はそう思うはずです。私も何度も思いました。そして、たいていはそこで終わります。秘書を雇うお金はないし、そもそも個人で働く人間に秘書がつくという発想自体が、どこか分不相応に感じられるからです。
けれども、ある日ふと引っかかりました。私が欲しいのは、本当に「秘書という人」なのか、と考えたのです。
この論考で私が述べたいのは、次の一点です。秘書は一般に「雑務を代わりにこなしてくれる人」、あるいは「偉い人だけが持てる贅沢」だと思われています。しかし秘書の本質は、意思決定者の**注意**を守るための仕組みです。そして仕組みである以上、雇えない人間でも、その機能を分解し、組み替えて、一部を自分の手で再現できます。ただし、再現できない部分も必ず残ります。その境界を見極めることこそが、この試みでいちばん大事な仕事だと私は考えています。
以下では、まず秘書が実際に何をしているのかを、注意の研究を手がかりに整理します。次に、秘書を機能に分解するとはどういうことかを考え、私が連休の一日を使って実際に組み上げたものを、できるだけ誇張せずに報告します。そのうえで、機械に渡してはいけないもの、渡せないものについて考え、最後に「この試みは文系なのか理系なのか」という、少し脇道に見えて実は核心に触れる問いを扱います。
## 第1章:秘書は何をしているのか――「雑務代行」という誤解
### 情報が豊かになると、何が貧しくなるのか
ノーベル経済学賞を受けたハーバート・サイモンは、1971年の講演で、おおよそ次のような趣旨のことを述べています。情報が豊かな世界では、情報が消費する別の何かが欠乏します。情報が消費するのは受け手の注意です。だから情報の豊かさは、注意の貧困を生むのです――。
半世紀前の言葉ですが、今読むと怖いほど正確です。サイモンがこの講演で論じたのは、情報をいかに多く生み出すかではなく、いかに**ふるい分ける**組織を設計するか、という問題でした。
私の仕事に当てはめてみます。私は受託でシステムを開発しながら、創作活動の配信もしています。開発の側には、課題を管理する仕組み、メール、仕事用のチャット、受託の仲介サービスのメッセージ、案件ごとのフォルダ、サーバーの管理表があります。創作の側には、会員制の配信サイトが複数、自分のWebサイト、素材を管理する仕組みがあります。その上に、予定を管理するカレンダーが乗っています。
一つひとつは、たいした量ではありません。困るのは、これらを**巡回すること**そのものです。どこかに返事を待っている人がいないか。どの案件がどこまで進んでいたか。今日まず手をつけるべきは何か。それを思い出し、判断するたびに、少しずつ頭のどこかが削られていきます。
### 切り替えのたびに残る「注意の残りかす」
この「削られていく感じ」には、研究上の名前がついています。組織行動学者のソフィー・ルロワは、2009年の論文で「注意残余(attention residue)」という概念を示しました。ある仕事を中途半端なまま別の仕事に移ると、注意の一部が前の仕事に残ったままになり、次の仕事の成績が下がる、というものです。
また、情報学者のグロリア・マークらは、作業を中断される実験を行いました。結果は少し意外で、中断された人は作業を**速く**終えていました。品質にも差はありませんでした。ところが、わずか20分ほどの中断を伴う作業の後で、参加者はストレス、苛立ち、作業負荷が有意に高まったと報告しています。つまり中断は、成果物の上では見えにくい形で、人を消耗させるのです。
行動経済学者のセンディル・ムッライナタンとエルダー・シャフィールは、著書『いつも「時間がない」あなたに』で、お金や時間が足りないという感覚そのものが、人の認知的な「帯域」を奪うと論じています。足りないものに注意が吸い寄せられ、それ以外のことを考える余裕がなくなる、というわけです。
### 秘書の本当の仕事
こうして並べると、秘書が何をしているのかが見えてきます。予定の調整、電話の取り次ぎ、書類の整理。これらは目に見える作業です。しかしその作業が何のために行われているかといえば、**意思決定者の注意を、本人にしかできない判断に集中させるため**です。
秘書は、外から流れ込む情報をふるい分けるフィルターです。本人が今知るべきことと、後でよいこと、本人が知る必要のないことを選り分けます。ときには、感情的な摩擦や突然の要求から本人を守る防波堤にもなります。サイモン自身が秘書について論じたわけではありませんが、彼の枠組みに当てはめるなら、秘書とは組織の中で「注意の配分」を担う役割だと言えます。
ここまで考えて、私は自分が欲しかったものの正体に気づきました。私が欲しかったのは、私の代わりに手を動かしてくれる人ではありませんでした。**私が本来の仕事以外のことに頭を使わずに済む状態**だったのです。
## 第2章:雇えないなら、分解する
### 手段と目的を入れ替える
経験のある秘書を直接雇用すれば、給与に社会保険料などを加えて、年に数百万円規模の費用がかかります。今の私には、とても出せる額ではありません。
普通なら、ここで二つの道があります。諦めるか、市販のタスク管理の道具で間に合わせるかです。ただ、後者には落とし穴があります。道具を開いて、あちこちの情報を書き写し、整理する作業そのものが、巡回先をもう一つ増やすことになりかねないからです。
そこで問いを立て直しました。「秘書を雇うにはどうすればいいか」ではなく、「秘書が果たしている機能を、別の手段で実現できないか」と問うたのです。手段の問いを、目的の問いに置き換えたわけです。
秘書の機能を書き出してみると、次のようになります。
- 散らばった情報を集め、一か所にまとめる
- 今どうなっているかを把握し、必要なときに必要な分だけ示す
- 優先順位を考える材料を出す
- 予定と進み具合を管理する
- 本人が対応すべきことと、そうでないことを切り分ける
こう分けると、一つひとつは、決して魔法ではありません。そして私は、システムを作る仕事をしています。
### 「課題」を中心に据える
設計の要は、何を中心に据えるかでした。カレンダーを中心にする方法もあれば、チャットを中心にする方法もあります。私は「課題」を中心にしました。メールでも、チャットでも、案件の通知でも、外から入ってきた刺激は、すべて新しい「やるべきこと」か、既存の「やるべきこと」への補足のどちらかに変換します。そうすれば、私が見るべき場所は一つになります。
この考え方は、私の独創ではありません。デビッド・アレンが『はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』で説いた方法論の中心にも、気になることをすべて一か所に「把握」し、頭の外に出すという原則があります。アレンが紙とフォルダで実現しようとしたことを、私は自分の業務に合わせたソフトウェアで実現しようとした、と言ったほうが正確です。
### なぜ「できる」と思えたのか
着手する前から、私にはある程度の見込みがありました。根拠は三つあります。
一つ目は、**自分の仕事の範囲が見えていたこと**です。先ほど挙げた巡回先を全部押さえれば、私の仕事はほぼ網羅できます。システム開発で計画が崩れる大きな原因の一つは、対象業務の範囲が定まっていないことですが、少なくとも自分の仕事については、範囲を私自身が知っていました。
二つ目は、**土台がすでにあったこと**です。課題を管理する仕組みも、創作の素材を管理する仕組みも、私は以前から自分で作って動かしていました。ゼロから作る必要はなく、つなぐ作業が中心になります。
三つ目は、**対話型のAIが外部の仕組みを操作できるようになったこと**です。AIに外部の道具を呼び出させるための共通の接続口が整い、「今どうなっている?」と自然な言葉で尋ねれば、AIが裏側の仕組みを検索し、まとめて答える、という形が現実的になりました。
ただし、これは「見込み」であって「保証」ではありません。そのことは、次の章で正直に書いておきます。
## 第3章:連休の一日で、何が起きたか
三連休の中日を丸一日使って、私はこの構想を形にする作業に取り組みました。やったことを、できるだけ事実のまま書きます。
### 散らばっていたものを一つにまとめる
まず、別々に動いていた仕組みを統合しました。案件ごとの作業記録と、月ごとにお客さまへ提出する報告書の下書きを作る仕組みを、課題を管理する仕組みに一本化しました。その際、直近二か月分の記録(作業記録55件、課題18件)を新しい仕組みへ移しています。
あわせて、対話型のAIが課題や作業記録、月次の報告書を直接検索し、読み取り、書き足せる接続口を新しく設けました。これで、開発作業の途中でも、AIに「この案件の今月の作業をまとめて」と頼めるようになりました。
### 実際に働いた時間を見えるようにする
作業記録には、分単位で実働時間を入力できるようにしました。この数字は私だけが見られる形にしています。お客さま別、案件別、日別に集計でき、表計算ソフト用のファイルにも書き出せます。自分がどこにどれだけ時間を使っているのかを、感覚ではなく数字で知りたかったからです。
### チャットを取り込み、振り分ける
仕事用のチャットのうち、特に重要なものだけを取り込む「受信箱」を作りました。取り込んだメッセージには、私が返事をしたかどうかの判定がつきます。
そのうえで、AIとの対話を通じて、メッセージのまとまりごとに要約を作り、該当する課題にコメントとして紐づけるか、新しい課題として起こすかを決めていく流れを整えました。この日、直近400件を超えるメッセージを分類しました。パスワードのような機密性の高い文字列は自動で伏せ字にし、必要なときは原本を確認するように促す設計にしています。
### 納品のタイミングを見える化する
受託の仕事では、一つの受注に複数の課題がぶら下がります。そこで「取引」という単位を設け、正式な依頼日から最初の納品予定日までの期間を、カレンダー上に帯で表示するようにしました。今日がその期間の何日目で、全体の何割まで来ているかが一目でわかります。
この機能を作った動機は、少し変わっています。私はときどき、作るのが早すぎるのです。依頼から数日で納品すると、お客さまによっては「本当にちゃんと確かめたのだろうか」と不安に思われるのではないか。私はそれをずっと気にしてきました。それで、依頼からの時間の流れを客観的に見られるようにしたかったのです。この動機には、実は落とし穴がありました。それは次の章で触れます。
### ブレーキも踏んだ
勢いで作っていると、何でもAIに流し込みたくなります。メールもすべて取り込めば便利です。しかし、メールにはお客さまの情報が含まれます。取り込みについて先方と取り扱いの確認ができるまで、メールの自動取り込みは見送りました。また、接続するAI側で、入力内容を学習に使わせない設定にし、手元に残る対話の記録の保存期間も大幅に短くしました。
最後に、新しく作った部分を含めて、自動テストを10本、350件あまり用意し、すべて通ることを確かめてから、実際の環境に反映しました。
### 一日でわかったこと、わからなかったこと
ここで、自分に対して少し冷や水をかけておきます。
一日でこれだけのものが動き始めたのは、事実です。けれども、それは「この仕組みで私の仕事が楽になった」ことの証明ではありません。テストが通ったというのは、私が想定した動きをするという意味であって、私の注意が実際に守られるかどうかは、これから何週間、何か月と使ってみなければわかりません。一日で証明できたのは「作れる」ということまでです。「役に立つ」ということは、まだ仮説の段階にあります。
## 第4章:機械に渡せないもの
### 自動化の皮肉
1983年、認知心理学者のリサン・ベインブリッジは「自動化の皮肉」と題した短い論文を書きました。工場や航空機の操縦の自動化を論じたものですが、その指摘は今のAIにもそのまま当てはまります。
彼女の指摘の要点は、次のようなものです。自動化は仕事の簡単な部分を取り去るので、人間に残るのは難しい部分ばかりになります。しかも人間は、普段その仕事をしていないので、いざというときには腕が鈍っています。さらに、機械がきちんと動いているかを見張るという、退屈で疲れる監視の仕事が新しく増えます。
これは私の仕組みにも起こりえます。AIがチャットを要約し、課題に振り分けてくれるのは便利です。けれども、その要約が大事なニュアンスを落としていたら、気づくのは誰でしょうか。私です。AIの振り分けを毎回確かめるなら、巡回の手間が「AIの監視」という別の手間に置き換わっただけになります。確かめないなら、いつか大事なことを見落とします。この緊張関係を、私はまだ解決できていません。今のところの答えは、AIには「下書き」と「提案」までを任せ、確定は私がする、という線引きです。
### 「早すぎる納品」をめぐる誤解
前の章で、作るのが早すぎるので納品のタイミングを見える化した、と書きました。ここには、正直に認めておくべき落とし穴があります。
ハーバード・ビジネス・スクールのライアン・ビューエルとマイケル・ノートンは、2011年に「労働の錯覚(labor illusion)」という現象を報告しました。旅行の検索サイトなどを模した実験で、どのサイトを検索しているかを画面に表示しながら結果を出すと、待ち時間が長くても、即座に同じ結果を出すサイトより好まれることがあった、というものです。人は、相手が自分のために努力していると**見える**ことに価値を感じ、それに報いたくなるのです。
この研究は、一見すると「早すぎる納品は避けたほうがいい」という私の直感を支えるように見えます。しかし、よく読むと違います。著者たちが価値を高める要因として示したのは、待たせたことそのものではなく、**作業の過程を見せたこと**でした。
もちろん、この実験は消費者向けのWebサービスを模したもので、受託開発の納品にそのまま当てはまる保証はありません。以下は、その研究から私が引き出した解釈です。
だとすれば、私がすべきことは、納品をわざと遅らせることではありません。何を確かめ、どんな検証をしたのかを、相手にきちんと伝えることです。帯のカレンダーは、遅らせるための道具ではなく、「この期間に何を確認したか」を説明するための足場として使うべきなのだと、今は考えています。速く作れることを隠す必要はありません。速さの中身を見せればよいのです。
### 秘書の「人間の部分」
もう一つ、どうしても機械に渡せないものがあります。それは、相手と向き合う部分です。
人間の秘書は、ときに本人の代わりに頭を下げ、ときに相手の機嫌を察して本人への取り次ぎのタイミングを変えます。そこには、相手との関係の中で生まれる信頼があります。私の仕組みは、未返答のチャットに印をつけることはできても、相手がなぜ返事を待ちわびているのか、その焦りの温度までは測れません。
だから私は、この仕組みを「秘書」と呼びつつも、本物の秘書の代わりになったとは思っていません。分解して再現できたのは、秘書の機能のうち、情報をふるい分け、状況を示し、記録を整える部分です。相手の感情を受け止める防波堤の部分は、今も私自身が担っています。そしてそれでよいのだと思います。注意を守る仕組みの目的は、私を人間関係から遠ざけることではなく、人間関係に向ける注意を確保することにあるからです。
## 第5章:文系か、理系か、という問いの立て方
この取り組みを振り返っていて、私はふと気づきました。やっていることは間違いなくエンジニアの仕事なのに、考えていることは、ずいぶん文系的なのです。
確かに、データベースを設計し、接続口を作り、テストを書くのは、いわゆる理系の作業です。一方で、作ろうと思った動機は、注意とは何か、秘書という役割はなぜ社会に存在するのか、早すぎる納品を人はどう受け取るのか、という人間と社会への問いでした。
けれども、私はこの「文系か理系か」という分け方そのものが、少し窮屈だと感じています。
この取り組みを順に並べると、こうなります。まず、自分がなぜ消耗するのかを観察しました。次に、秘書という役割を機能に分解しました。それを情報の流れとして設計し直し、実際に作り、テストし、使い始めました。そしてこれからは、使ってみてわかったことから、最初の観察を修正していきます。
この流れの中で、どこからが文系でどこからが理系なのかを線引きすることに、あまり意味はありません。大事なのは、抽象的な問いを具体的な形に落とし、具体的な形から抽象的な問いに戻ってくる、その**往復**です。考えるだけなら評論で終わります。作るだけなら道具で終わります。往復することで、考えたことが正しかったかどうかを確かめられるのです。
第4章で書いた「早すぎる納品」の話は、その好例でした。私は最初、「人は早すぎると不安になる」という観察から、時間を見える化する道具を作りました。そこから研究を読み直し、自分の観察が半分しか正しくなかったと気づきました。作ったことで、考えが修正されたのです。
## おわりに
秘書は雑務の代行者ではなく、注意を守る仕組みです。そう捉え直したとき、秘書を雇えないという事実は、諦める理由ではなくなりました。機能に分解すれば、その一部は自分の手で組み上げられるからです。
ただし、組み上げられるのは一部です。人の感情を受け止める部分は機械に渡せませんし、自動化はそれ自体が新しい監視の手間を生みます。だからこの試みの本当の仕事は、作ることそのものよりも、どこまでを仕組みに任せ、どこからを自分が引き受けるかという線を、使いながら引き直し続けることにあります。
一日で作れたものは、まだ仮説です。これから数か月、私自身がいちばん厳しい利用者になって、この仕組みが本当に私の注意を守ってくれるのかを確かめていきます。
もしあなたが「秘書がいればなあ」と思ったことがあるなら、一度だけ問いを変えてみてください。あなたが欲しいのは秘書という人でしょうか。それとも、秘書がもたらしてくれる「何か」でしょうか。後者だとしたら、その「何か」の一部は、案外あなたの手の届くところにあるのかもしれません。
## 予想される反論と、それに対する見解
### 反論1:それは結局、仕事をしない言い訳としての「道具作り」ではないか
もっとも痛いところを突く反論です。本来の仕事を進める代わりに、仕事を管理する道具を作って満足してしまうのは、ものづくりが好きな人が陥りやすい罠です。連休の一日を使ったことも、見方によっては、それだけ本業が止まったということです。
私はこの反論を否定できません。実働時間を記録する機能は入れましたが、正直に言えば、これで測れるのは案件ごとの作業時間であって、巡回や思い出しに奪われていた時間そのものではありません。効果を確かめるには、たとえば一日の終わりに「今日、何を探すのに迷ったか」を短く記録するなど、もう一段の工夫が必要です。数か月後、その迷いが減っていなければ、この仕組みは失敗です。作ったこと自体を成果と呼ばないよう、自分に言い聞かせています。
### 反論2:自分専用に最適化した仕組みは、他人には使えない
その通りです。私の判断基準や暗黙の約束事は、仕組みのあちこちに埋め込まれています。これをそのまま他の人に渡しても、うまく動かないでしょう。
ただし、私が他の人に伝えられると考えているのは、完成した仕組みそのものではなく、「秘書を機能に分解し、自分の業務に合わせて組み直す」という考え方の手順です。仕組みは人ごとに違ってよいのです。
### 反論3:AIに顧客の情報を渡すこと自体が危うい
これはもっともな懸念です。私も同じ懸念を持っていたので、メールの自動取り込みは先方との確認が済むまで見送り、AI側の学習利用を止め、手元の記録の保存期間も短くしました。
それでも、リスクがゼロになったわけではありません。取り込むのはどの情報か、誰の同意を得ているかを、機能を一つ足すたびに確かめ直すしか方法はないと考えています。
### 反論4:「意志力は使うと減る」という説は、すでに否定されたのではないか
鋭い指摘です。意志力が筋肉のように使うと消耗するという「自我消耗」の研究は、2016年に23の研究室が共同で行った大規模な追試で、効果がほぼ確認できませんでした。この論考で私が「意志力」ではなく「注意」という言葉を選んだのは、そのためです。
ただし、注意の切り替えに代償があること(ルロワの注意残余)や、中断がストレスを高めること(マークらの実験)は、自我消耗とは別の研究の流れで示されています。私の主張は、意志力が枯れるかどうかではなく、巡回と切り替えが注意を散らし、人を疲れさせる、という点に立っています。とはいえ、これらの研究も実験室の条件で得られたものであり、私の働き方にそのまま当てはまるかは、自分で確かめるしかありません。
### 反論5:納品のタイミングを調整するのは、顧客を欺くことにならないか
この反論は、私自身にも向けるべきものでした。第4章で書いたとおり、「労働の錯覚」の研究が示しているのは、待たせることの効果ではなく、過程を見せることの効果です。わざと納品を遅らせて手間をかけたように見せかけるなら、それは誠実さを欠きます。
私は、速く作れたなら、速く作れたと伝えるべきだと考え直しました。そのうえで、何を確認したかを示します。カレンダーは、その説明のための足場として使います。
### 反論6:それは秘書ではなく、単なるタスク管理の道具ではないか
半分はその通りです。第4章で述べたとおり、私の仕組みには、相手の感情を受け止めるという秘書の重要な部分が欠けています。
それでも「秘書」と呼ぶのは、これが目指しているのが作業の管理ではなく、注意の保護だからです。一般的なタスク管理の道具は、利用者が自分で情報を書き込むことを前提にしています。私の仕組みは、外から入ってくるものを、私が見る前にふるい分けることを目指しています。その違いが、名前に込めた意味です。
## 参考文献
- 『いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学』センディル・ムッライナタン、エルダー・シャフィール著、大田直子訳(早川書房, 2015)
- 『全面改訂版 はじめてのGTD ストレスフリーの整理術』デビッド・アレン著、田口元監訳(二見書房, 2015)
- Simon, H. A. "Designing Organizations for an Information-Rich World." In M. Greenberger (Ed.), *Computers, Communications, and the Public Interest*(The Johns Hopkins Press, 1971)
- 論文:「Why is it so hard to do my work? The challenge of attention residue when switching between work tasks」Sophie Leroy(*Organizational Behavior and Human Decision Processes*, 109(2), 2009)[DOI](https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2009.04.002)
- 論文:「The cost of interrupted work: more speed and stress」Gloria Mark, Daniela Gudith, Ulrich Klocke(*Proceedings of CHI 2008*, ACM, 2008)[DOI](https://doi.org/10.1145/1357054.1357072)
- 論文:「Ironies of automation」Lisanne Bainbridge(*Automatica*, 19(6), 1983)[DOI](https://doi.org/10.1016/0005-1098(83)90046-8)
- 論文:「The Labor Illusion: How Operational Transparency Increases Perceived Value」Ryan W. Buell, Michael I. Norton(*Management Science*, 57(9), 2011)[DOI](https://doi.org/10.1287/mnsc.1110.1376)
- 論文:「A Multilab Preregistered Replication of the Ego-Depletion Effect」Martin S. Hagger, Nikos L. D. Chatzisarantis ほか(*Perspectives on Psychological Science*, 11(4), 2016)[DOI](https://doi.org/10.1177/1745691616652873)
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### 著者プロフィール
kentrue(yousystem)
フリーランスクリエイティブエンジニア/現代社会構造分析フリーク/ミュージシャン/ビジネス寓話創作者/思想家/キャバクラ愛好家
麗澤大学不合格、中央学院大学不合格、千葉商科大学不合格、城西国際大学不合格、
日本大学農獣医学部食品経済学科不合格、明治大学商学部二部不合格、
日本大学法学部法律学科二部不合格、神奈川大学不合格、法政大学二部不合格、
専修大学石巻短期大学部不合格、千葉経済大学不合格、
日本大学短期大学部合格、日本大学経済学部1年の留年を経て卒業
ハッシュタグ
#秘書 #注意の経済 #認知負荷 #業務設計 #AIエージェント #自動化の皮肉 #個人開発 #働き方の再設計
記事情報
公開日
2026-10-11 21:53:06
最終更新
2026-10-11 21:53:07