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「800万円の普通の男」は誰が作ったのか——怒りを商品化する情報流通市場の解剖
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## はじめに
婚活をめぐる記事を眺めていると、数年に一度ではなく、もはや数週間に一度のペースで、同じ形をした話に出会います。
「結婚相手は年収800万円くらいの、普通の男でいいです」
この種の発言が記事の見出しになり、SNSで拡散され、コメント欄が荒れ、そして「婚活女性の“普通”が壊れている」という論評が続きます。私たちはこの流れをもう何十回も目撃してきました。目撃しすぎて、そういうものだと思うようになりました。
さて、ここで大多数の議論は「800万円は普通なのか」という問いに吸い込まれていきます。統計を持ち出し、平均年収を示し、上位何パーセントかを計算し、「普通ではありません」と結論します。それは正しい作業です。正しいのですが、私にはどうしても、この作業が用意された土俵の上で踊らされているように見えて仕方がありません。
なぜなら、その問いは統計を調べれば数分で決着するからです。決着してしまう問いに、これほど大量の言葉と感情が注ぎ込まれるのは、どう考えても不自然です。
私がこの論考で立てたい問いは別のところにあります。
**なぜ、その一人の発言がわざわざ切り取られ、全国に流通するのでしょうか。その流通によって誰が利益を得るのでしょうか。そして、その結果として社会には何が起きるのでしょうか。**
先に結論を申し上げます。壊れているのは「普通」という概念ではありません。壊れている、というより極めて健全に作動しているのは、極端な発言を選抜して流通させることで人間の怒りを商品化する情報流通市場のほうです。そしてこの市場は、誰か一人の悪意がなくても、関係者全員が合理的に振る舞うだけで回り続けます。
これから、その構造を順に解剖していきます。第1章では、まず統計の話を手早く片付けます。第2章では「普通」という一語が果たしている変換装置としての機能を見ます。第3章では、この市場で実際に売買されている商品が何なのかを特定します。第4章では、誰の悪意もなしにこの循環が成立してしまう仕組みを追います。第5章では、では、それは社会にとって良いのか悪いのかという評価の問題に踏み込みます。ここでは自分の主張に都合の悪いデータも正面から扱います。第6章では、では私たちに何ができるのかという実践の話をします。
長い話にお付き合いいただくことになりますが、最後まで読んでいただければ、婚活記事の見え方が少し変わるはずです。
## 第1章:数字の話は、五分で終わります
まず、面倒な作業を先に済ませておきます。
国税庁の「令和6年分 民間給与実態統計調査」によれば、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円です。男女別では男性が587万円、女性が333万円となっています。給与階級別の分布を見ると、最も人数が多いのは「300万円超400万円以下」の層で、全体の16.1%を占めます。男性に限っても、最多は「400万円超500万円以下」の層で16.9%です。
つまり、日本の給与所得者の分布の山は、400万円台にあります。800万円という数字は、この山からかなり離れた右の裾野に位置しています。参考までに、業種別で最も平均給与の高い「電気・ガス・熱供給・水道業」の平均は832万円です。この業種は給与水準が突出しているため単純な比較には向きませんが、産業全体で最高峰にあたる業種の平均値が、ようやく800万円台に乗るという水準ではあります。
さらに、結婚相手として想定される年齢層に絞ると、この数字はもっと厳しくなります。年収は年齢とともに上昇していきますから、30代前半の男性に800万円を求めるということは、その世代の分布から見て極めて上位の層を指名することになります。
ここで一つ、お断りをしておきます。この種の記事では「30代前半で年収800万円以上の未婚男性は3%しかいない」といった数字がよく引かれます。出典として総務省統計局の「令和4年就業構造基本調査」が挙げられることが多く、同調査には年齢・配偶関係・所得のクロス集計が確かに存在します。ただし私自身は、この3%という数字を一次データで再現していません。ですから本論では、この数字を確定した事実としては使いません。私が確認できた範囲で言えるのは、給与所得者全体の分布の山が400万円台にあり、年齢を30代前半に限ればその山はさらに左に寄る、ということまでです。
それでも結論は動きません。年収800万円は、普通ではありません。かなりの上位層です。
「高望みではありません」という自己申告と、提示される数字の間には、明らかな乖離があります。しかもこの乖離は年々広がっているように見えます。2019年頃には「高望みはしません、年収500万円で結構です」という言い回しが目立ちました。それが600万円になり、700万円になり、2026年には800万円が登場しました。
ただし、ここでも正直に申し上げておきたいことがあります。この「条件インフレ」の物語そのものが、報道の蓄積によって私の頭の中に作られた印象である可能性を、私は排除できません。婚活市場全体で希望年収の中央値が上昇したという継続的な調査を、私は持ち合わせていません。私が見てきたのは、報じられた発言の系列だけです。そして本論はこれから、「報じられた発言の系列」がいかに偏った標本であるかを論じようとしています。ですから、この物語を出発点に置くことには自己矛盾の危険があります。この点は、第5章でもう一度立ち戻ります。
さて、統計の話は五分で終わりました。
そして、ここからが本題です。
これほど簡単に決着する問いに、なぜ私たちはこれほどの時間と感情を費やしているのでしょうか。統計を見れば終わる話に、なぜ毎回のように何千件ものコメントが付き、何万回も引用されるのでしょうか。
私はここに、この現象の本当の姿があると考えています。
数字が無意味だ、と申し上げているのではありません。数字は正確であるべきです。ただ、この現象を駆動しているエンジンは数字ではない、と申し上げたいのです。仮に誰かが完璧な統計資料を作成し、精密な数字とともに「これは普通ではありません」と証明したとしても、この現象は少しも止まりません。翌週にはまた別の記事が出ます。証明で止まらないものは、そもそも証明が求められているわけではありません。
## 第2章:「普通」という一語が装填されるとき
では、この記事を強力なコンテンツにしているのは何でしょうか。
私は、「普通」という一語だと考えています。
比べてみてください。
**A:「年収800万円の男性を希望する女性がいます」**
**B:「年収800万円の普通の男でいいです」**
Aは、ただの個人の希望です。世の中には様々な希望を持つ人がいます、で終わります。記事にはなりません。誰も怒りません。
Bになった瞬間、まったく別の生き物になります。「普通」という一語がくっついただけで、この文章は次のような変換を受けます。
**個人の希望 → 社会規範の主張**
Bは、単に高い年収を希望しているのではありません。「年収800万円というのは世間一般の標準的な水準である」という認識を、暗黙のうちに主張しています。そしてこの主張は、読み手である私たち全員に関係してきます。年収500万円の男性は、この一文によって「普通以下」に格下げされます。年収400万円の男性は、もっと下です。
つまり「普通」という言葉は、他人の希望を、自分への評価に変換する装置なのです。
だからこそ、読者は参加できます。「いやいや、それ普通じゃないでしょう」と口を出す権利が発生します。これは重要な点です。Aに対しては、読者は観客でいるしかありません。Bに対しては、読者は当事者になれます。
そして、当事者は黙りません。
ここに、取材する側のインセンティブが発生します。「あなたが希望する条件は何ですか」と一度聞いただけでは、Bのような発言はなかなか出てきません。しかし、質問を重ねていけばどうでしょうか。
「本当に求めている条件は何ですか」
「妥協するとしたら、年収はいくらまでですか」
「最低ラインはいくらですか」
「お子さんのことを考えると、どうですか」
人間というのは、こうした質問を繰り返されると、だんだん「条件」を具体的な数字に落とし込んでいくものです。そして最初に「高望みはしていません」という前置きを置いた人が、そのあとに数字を言えば、自動的に「普通の男でいいです、年収800万円くらいで」という形式が完成します。
私は、これを取材する側の悪意だと言いたいのではありません。「具体的に聞く」というのは、良い取材の基本動作でもあります。抽象的な話より具体的な数字のほうが読者に伝わるというのも、本当のことです。ただ、その良い取材の基本動作が、この文脈では自動的に炎上素材を製造してしまう、という点が重要なのです。
そして数字が出てしまえば、あとは自動です。
> 「800万円です」
> 「えっ、それ普通ではないでしょう」
> 「婚活女性の“普通”が壊れている」
記事はもう完成しています。取材コストは低く、読者の反応は保証されています。これほど効率の良いコンテンツは、そうそうありません。
## 第3章:本当の商品は、あなたの怒りです
さて、ここで市場の話をします。
この記事において、実際に売買されている商品は何でしょうか。
素朴に考えれば、商品は「情報」です。婚活市場の実態についての情報を提供し、読者がそれを消費します。そこでPVが発生し、広告収入になります。そういう理解です。
しかし、私はこの理解が不正確だと考えています。
もし商品が情報であるなら、より正確で、より網羅的で、より役に立つ記事のほうが売れるはずです。ところが現実は逆です。「婚活市場における希望年収の分布と成婚率の相関」という正確な記事より、「800万円の普通の男」という一人の発言のほうが、圧倒的に読まれます。
なぜでしょうか。それは、商品が情報ではないからです。
商品は、その情報を見た人間の内側に発生する**感情**です。
もう少し正確に言えば、怒り、嘲笑、反論、共感、そしてそれらがぶつかり合う議論そのものが商品です。記事は商品ではありません。記事は、感情を発生させるための装置です。
### 実証研究は何を言っているのか
ここで、学術的な裏付けを一つ挙げます。ただし、この論文が何を言っていて何を言っていないのかは、正確に区別しておく必要があります。
ジョナ・バーガーとキャサリン・ミルクマンは、ニューヨーク・タイムズの記事が3か月間にわたってどのように共有されたかを分析し、2012年に『Journal of Marketing Research』誌へ論文を発表しました。彼らの主要な発見は二つあります。
一つは、拡散を駆動しているのが感情の快/不快という軸だけではなく、**生理的な喚起度(arousal)の高さ**である、という点です。畏敬のような高喚起のポジティブ感情、そして怒りや不安のような高喚起のネガティブ感情を引き起こすコンテンツは、よく拡散されます。一方、悲しみのような低喚起の感情——人を静かにさせ、動きを止めさせる感情——を引き起こすコンテンツは、拡散されにくくなります。
もう一つ、こちらは私の議論にとって都合の悪い発見です。同論文は、**全体としてはポジティブなコンテンツのほうがネガティブなコンテンツより拡散しやすい**とも報告しています。つまりこの論文は、「怒りこそが最も拡散する」とは主張していません。
ですから、この論文をもって「メディアは怒りを売っている」と結論するのは、引用としては行き過ぎです。この点は先に認めておきます。
では、私の議論は崩れるのでしょうか。私はそうは考えていません。この論文から取り出すべきなのは「怒りが最強である」という命題ではなく、「拡散を決めているのは内容の重要性でも正確性でもなく、読者の心拍数である」という命題のほうだからです。
そして、ここに製造コストの問題を接続すると、話が変わります。
畏敬を呼ぶ記事も確かに拡散します。しかし、畏敬を呼ぶ記事を作るには、取材にも構成にも相応の投資が必要です。一方、怒りを呼ぶ記事は、極端な発言を一つ拾ってくるだけで成立します。同じ拡散力を得るための単価が、まるで違います。
拡散力そのものは怒りの専売特許ではありません。しかし、**単位コストあたりの拡散力**で見れば、怒りは圧倒的に安い商品です。市場は安い商品に寄ります。私が問題にしたいのは、そちらの非対称性です。
### 二百年変わらない商売
この構造を歴史的なスケールで論じたのが、ティム・ウーの『The Attention Merchants』です。ウーは、人間の注意を大量に採取し、それを広告主に転売することを事業モデルとする企業群を「アテンション・マーチャント(注意の商人)」と呼びました。彼が指摘するのは、この事業モデルが決してインターネット以降の新現象ではなく、1830年代の安売り新聞から、ラジオ、テレビの黄金期を経て現在に至るまで、一貫して同じ形をしているという点です。
技術は変わりました。しかし商売の形は変わっていません。人々の注意を集め、それを売ります。集めやすい注意を優先的に集めます。それだけです。
そう考えると、「800万円の普通の男」という見出しを最も必要としているのは誰なのかが見えてきます。それは800万円を稼ぐ男性ではありません。婚活中の女性でもありません。クリックされたい記事そのものです。
## 第4章:誰の悪意もなしに、それは回り続けます
ここで、私は一つ注意深くなりたいと思います。
以上のような話をすると、しばしば「メディアが意図的に対立を煽っている」という陰謀論めいた結論に向かいがちです。私は、そこには与しません。
なぜなら、この循環は誰の悪意も必要としないからです。むしろ恐ろしいのは、関係者全員がそれぞれ善良かつ合理的に振る舞っているのに、結果として大きなマッチポンプが成立してしまうという点にあります。
記者は「読者に伝わる、具体的で面白い記事を書こう」と考えます。編集者は「読まれなければ意味がない、クリックされる見出しを付けよう」と考えます。読者は「なんだこの人は」と怒ります。プラットフォームは反応の多い投稿を優先的に表示するよう設計されています。媒体は「こんなに話題になっています」と続報を出します。
これらは一つひとつ取り出せば、どれも正しい判断です。具体性を求めるのは良い取材の作法ですし、読まれない記事は存在しないのと同じですし、格下げされた側が腹を立てるのは自然ですし、利用者が反応するものを見せるのはサービスとして合理的ですし、実際に話題になっているものを報じない理由もありません。
そして次のサイクルが始まります。話題になった以上、同じテーマの取材需要が増えます。取材が増えれば、より極端な発言に遭遇する確率が上がります。より極端な発言が見つかれば、より大きく燃えます。
こうして、**燃料を投げ込みながら「火事が大変です」と報道している**ような構造が完成します。しかし、この構造の中に放火犯はいません。全員が消火活動のつもりで、あるいは単に自分の仕事をしているつもりで、結果的に燃料を運んでいます。
ここで作用しているのは、市場における選抜の原理です。
「年収500万円くらいで、優しくて、一緒に生活を組み立てていける人がいいです」
こう答える人は、婚活の現場にいくらでもいるはずです。むしろ多数派でしょう。しかし、この発言は見出しになりません。記事にならない発言は、流通しません。流通しないものは、存在しないのと同じように扱われます。
一方で、
「年収800万円が普通です」
「5000万円ないと子育てはできません」
「年収1000万円以下は対象外です」
こうした発言は、一発でコンテンツになります。だから優先的に採取され、流通します。
つまり、この市場では**穏当な人より極端な人のほうが構造的に選抜されやすい**のです。選抜する側に「極端な人を探そう」という明示的な意図がなくても、「面白い話を探そう」という意図だけで、結果は同じになります。
そして、その選抜された発言を見た読者が反応します。
「最近の女性は……」
「最近の男性は……」
「婚活市場はもう終わっている……」
この反応が、また次のPVになります。反応が十分に集まれば、「ネットではこんな声が上がっています」という記事がもう一本作れます。素材費はゼロです。
私がこの構造を「悪意なき共犯」と呼びたいのは、そういう理由です。誰も告発できません。告発すべき主体がいないからです。しかし、構造そのものは確実に存在します。
## 第5章:では、それは社会にとって良いのか、悪いのか
ここからが、最も難しい部分です。
構造を記述するところまでは、比較的簡単です。しかし「その構造は社会にとって良いのか悪いのか」という評価に踏み込むと、途端に足元が不安定になります。私はここでは、自分の主張に都合の悪いデータから先に扱いたいと思います。
### 都合の悪いデータ:炎上しているのは、ごく少数です
田中辰雄氏と山口真一氏による『ネット炎上の研究』は、この分野における重要な実証研究です。同書の分析によれば、炎上に実際に参加して書き込みを行っている人は、ネット利用者全体のおよそ0.5%にすぎません。攻撃的な誹謗中傷を繰り返す層に至っては、さらに少なくなります。炎上を「観察している」層まで含めても、ネット利用者の2割程度です。
山口氏はその後の著作『正義を振りかざす「極端な人」の正体』でも、この点を繰り返し強調しています。私たちがタイムラインで目にする「世論」は、ごく少数の極めて発信量の多い人々によって作られた像にすぎない、という指摘です。
これは、私の議論にとって不都合なデータです。
なぜなら、「メディアとSNSが社会全体に男女不信を植え付けている」という主張は、この数字によって大きく割り引かれるからです。実際に怒鳴り合っているのは0.5%なのだとすれば、残りの99.5%は静かに暮らしているわけです。社会が壊れている、というのは大げさではないか、という反論が成り立ちます。
私は、この反論には相当の説得力があると考えています。
### それでも問題が残る理由
しかし、それでもなお、私はこの構造に問題があると考えます。理由は二つあります。
**第一に、書き込む人が0.5%でも、読む人はそうではないからです。**
炎上への参加率と、炎上コンテンツの閲覧率はまったく別の数字です。書き込まない人も、見出しは見ます。見出しだけを見て、「そういう人がいるらしい」という印象を受け取ります。そして印象は、参加の有無とは無関係に蓄積されます。むしろ、書き込まずに黙って読んでいる人のほうが、受け取った印象を検証する機会を持ちません。
**第二に、これが問題の本体ですが、極端な事例だけが流通するとき、人は分布を誤って推定するからです。**
普通に働き、普通に生活し、普通に相手を探している大多数の人々は、ニュースになりません。ニュースになるのは「800万円!」という極端な事例だけです。すると、目に入る情報の分布が、現実の分布から大きくずれます。
その結果、「最近の婚活女性は、みんなこういう感じらしい」という誤った像が形成されます。そして男性側には「私たちに800万円を要求してくる女性たち」という敵のイメージが形成されます。逆に女性側にも、「女性を叩いて喜ぶ男性たち」という敵のイメージが形成されます。
クリス・ベイルの『ソーシャルメディア・プリズム』は、この点について示唆的です。ベイルは、SNSが人々を似た意見の中に閉じ込める「エコーチェンバー」だという通説に、計算社会科学の手法で疑問を投げかけました。彼が描き出したのは、SNSがむしろプリズムのように働き、自分と他者のアイデンティティの見え方を歪めるという像です。私たちはSNS上で、相手側の最も過激な代表例を見せられ、それを相手側全体の姿だと誤認します。そして、その誤認に対抗するために、自分の側でも発言を過激化させていきます。
婚活記事をめぐる男女の対立は、まさにこの型に見えます。
### ここで、私の主張の限界を申し上げます
ただし、ここから先には注意が必要です。
「その誤認が、実際に結婚をあきらめさせている」「異性への警戒を強めて未婚化を進めている」という因果を、私は証明できません。ベイルが扱ったのは主にアメリカの政治的分極化であり、日本の婚姻行動ではありません。婚活記事の流通量と婚姻率の関係を検証した研究を、私は知りません。
ですから、私の主張はここまでに留めます。**極端な標本ばかりを見せられれば、集団の分布についての推定は歪みます。**これは選抜バイアスの初歩であり、ほぼ定義上そうなります。しかし、その歪んだ推定が実際の結婚行動をどれだけ変えているかは、未検証の仮説です。
「社会が壊れる」という書き方をすれば、この論考はもっと強く読めるでしょう。しかしそれは、私がこの論考で批判している語り口そのものです。ですから、控えめな主張に留めておきます。
### そして、当事者が支払うコスト
もう一つ、忘れてはならないことがあります。
この循環の中で、実際に発言を切り取られた一人の個人が存在するという事実です。その人は、自分の希望を語っただけで、全国的な嘲笑の対象になります。取材時の文脈は失われ、数字だけが残ります。
構造の話をしていると、この一人が抽象化されて消えてしまいがちです。しかし、この構造が回り続けるためには、毎回、実在する誰かが晒される必要があります。それが構造の燃料だからです。
社会全体への影響が未検証であっても、この一人が負担するコストは検証を要しません。目の前で起きています。私は、これを軽く見るべきではないと考えています。
### 私自身への適用
そして第1章でお約束した通り、この話は私自身にも跳ね返ってきます。
私が第1章で使った「2019年に500万円だったものが2026年には800万円になった」という条件インフレの物語は、報じられた発言だけを並べたものです。婚活市場全体の希望年収がその通りに推移したという継続調査を、私は持っていません。つまりこの物語は、私がこの章で批判している選抜バイアスの、まさに産物である可能性があります。
私はこの物語を論考から削除しませんでした。読者が現に目にしている風景を出発点にしなければ、話が始まらないからです。しかし、出発点が偏った標本であることは、明示しておくべきだと考えました。
## 第6章:では、何ができるのでしょうか
構造を批判するだけで終わるのは、あまり誠実ではありません。私自身、この構造の外にいるわけではないからです。私も見出しをクリックしますし、腹を立てますし、たぶん過去に誰かの発言を「なんだこれは」と思いながら消費してきました。
その上で、いくつか考えてみます。
### 読者として
私が最も有効だと思うのは、**記事を読んだときに「これは何パーセントの話だろうか」と一拍置くこと**です。
これは道徳的な自制の話ではありません。認識の技術の話です。極端な事例を見せられたとき、人間は自然にそれを代表例として処理してしまいます。この自動処理に対して、意識的に「これは選抜された標本です」という但し書きを差し込みます。それだけで、受け取る像はかなり変わります。
もう一つは、**怒りが湧いたときに、その怒りが誰の収益になるのかを一秒だけ考えること**です。怒ってはいけないという話ではありません。怒るのは自由です。ただ、その怒りをどこに投下するかは選べます。
### 書き手として
記事を作る側にとって、この話はもっと苦い問題です。なぜなら、穏当な記事を書くことは経済的に不利だからです。「読まれる記事を書く」という職業上の要請と、「歪んだ像を流通させない」という社会的な要請が、正面から衝突します。
私は、この衝突を精神論で解決できるとは思いません。個々の記者や編集者に「良心を持て」と説教しても、経済的インセンティブの構造が変わらない限り、平均的には同じ結果になります。
理屈の上で効きそうなのは、**媒体の評価指標を変えること**です。PVと滞在時間だけを指標にすれば、怒りを発生させるコンテンツが最適解になります。それは設計上、必然です。読了率や再訪率、あるいは購読継続率といった別の指標を組み合わせれば、最適解は移動するはずです。実際、広告収入ではなく購読料に収益を依存させている媒体では、記事の作り方が変わるという指摘もあります。
ただし、これが実際にどれだけ効くのかを示すデータを、私は持っていません。ここは提案というより、検証されるべき仮説として置いておきます。指標を変えれば行動が変わる、というのは経営の一般論としては妥当ですが、それが情報流通の質を実際に改善したかどうかは、別途測られる必要があります。
### 社会として
そして、婚活という個別のテーマに引きつけて言えば、山田昌弘氏と白河桃子氏が『「婚活」時代』で提起したように、この問題の背景には結婚をめぐる期待と現実の構造的なずれがあります。国立社会保障・人口問題研究所の「第16回出生動向基本調査」を見ても、結婚相手に経済力を求める傾向は女性だけの話ではありません。男性が女性の経済力を重視する割合も、前回調査の41.9%から48.2%へと上昇しています。
つまり、「経済的な条件を求める」というのは、性別に固有の性質ではなく、社会全体が経済的に不安であることの表れとして読むほうが自然です。
そう読めば、「婚活女性の高望み」という枠組み自体が、問題の見え方を狭めていることが分かります。本当に議論すべきは、なぜ結婚に対してこれほど高い経済的ハードルが意識されるようになったのか、という話でしょう。しかしその議論は、地味で、時間がかかり、クリックされません。
だから流通しないのです。
## おわりに
長々と書いてきましたが、私が申し上げたかったことは、ごく単純です。
「年収800万円は普通なのか」という問いには、そんなに深いものがありません。統計を見れば終わります。
しかし、「なぜ私たちは、その発言を毎週のように見せられているのか」という問いには、かなり深い問題が含まれています。
そこには、人間の注意を採取して転売する二百年来の商売があり、単位コストあたりで最も安い感情としての怒りがあり、穏当な人より極端な人を選抜する市場原理があり、誰の悪意もなしに回り続ける循環があり、そして毎回、実在する誰かが燃料として投げ込まれています。
私は、この構造を告発したいのではありません。告発すべき単一の主体は、おそらく存在しません。私自身もこの構造の内側にいます。
ただ、構造が見えているのと見えていないのとでは、次に見出しを見たときの感じ方が違います。「なんだこの人は」と思う手前で、「なぜ私はこの人を見せられているのだろうか」と半歩下がれます。それだけのことですが、それだけのことが、この循環に投じられる燃料をわずかに減らします。
最後に、一つだけ問いを残しておきます。
もし明日、すべてのメディアが「普通の婚活女性」を正確な比率で報じるようになったとして、私たちはそれを読むでしょうか。
私は、あまり自信がありません。この構造の最後の一片は、たぶん私たちの側にあるのだろうと思っています。
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## 予想される反論と、それに対する見解
### 反論1:「メディアのせいにするのは責任転嫁ではないですか。実際に高望みをする人はいるのですから」
その通りです。実際にそうした希望を持つ人は存在します。私はそれを否定していません。
私が区別したいのは、「そういう人が存在する」ということと、「婚活女性はこう言っている」ということの違いです。前者は事実の記述であり、後者は集団への一般化です。この二つの間には、報道による選抜と増幅という工程が挟まっています。
責任転嫁ではなく、工程の可視化だとご理解いただければと思います。個人の希望が個人の希望として存在することと、それが集団の代表例として流通することは、まったく別の現象です。
### 反論2:「炎上参加者は0.5%だという研究を自分で引いておきながら、社会への悪影響を主張するのは矛盾していませんか」
これは最も鋭い反論だと思いますので、本文でも先に扱いました。改めて申し上げます。
参加率と閲覧率は別です。書き込む人が0.5%でも、見出しを目にする人はその何十倍もいます。そして、影響は書き込みではなく、認識の歪みとして生じます。「そういう人が多いらしい」という印象は、一度も書き込まずに形成されます。
そのうえで、本文でも申し上げた通り、私の主張は「分布の推定が歪みます」というところまでです。「だから社会が壊れています」とは申し上げていません。この線引きを守れているかどうかは、読者にご判断いただくほかありません。
### 反論3:「あなたの言う『分布の推定の歪み』が、実際に人々の行動を変えたという実証データはあるのですか」
ありません。少なくとも私は持っていません。
婚活記事の流通量と婚姻率、あるいは異性への信頼度との関係を直接検証した研究を、私は見つけられませんでした。ですから本論の第5章では、この因果を主張しないよう明示的に線を引きました。
これは論考の弱点です。認識の歪みが行動に影響するというのは、直感的にはもっともらしく響きますが、直感的にもっともらしいという理由で主張を通すのは、まさに私が批判している語り口です。
私が確実に言えるのは、選抜された標本からは集団の分布を正しく推定できない、というほぼ定義上の事実と、切り取られた個人が現に負担しているコストの二つだけです。それ以上は、検証されるべき仮説として残しておきます。
### 反論4:「構造の話をすると、結局『誰も悪くない』という免罪符になりませんか」
これは重要なご指摘です。構造論には、常にこの危険があります。
私の考えでは、「誰も悪くありません」ではなく、「誰かを罰しても解決しません」というのが正確な表現です。特定の記者や媒体を叩いても、経済的インセンティブが変わらなければ、同じ記事が別の場所で生産されます。実際、この二十年ほど、私たちは何度もその叩き合いを見てきました。そして何も変わりませんでした。
罰の対象を探すより、指標の設計を変えるほうが実効性があると考えています。ただ、そのために構造論が「だから仕方ありません」という諦めに使われるのであれば、それは私の意図ではありません。
### 反論5:「構造の話に持ち上げることで、晒された当人が受けた具体的な被害をかえって見えなくしているのではありませんか」
これは私にとって最も痛い反論です。
構造分析には、個別の被害を「システムの必然」に還元してしまう性質があります。「誰の悪意でもありません」と言った瞬間に、被害を受けた個人は加害者を失い、抗議先を失います。抽象化は、しばしば当事者から言葉を奪います。
ですから私は、第5章の最後にわざわざ一節を設けました。社会全体への影響が未検証であっても、切り取られた一人が支払うコストは検証を要しません、と。
それでも、この論考の大部分が構造の話に費やされていることは事実です。私はメカニズムを記述することに関心を持ちすぎているかもしれません。この批判は、有効なものとして受け取っておきます。
### 反論6:「では、こういう記事を書くこと自体が悪だとおっしゃるのですか。報道の自由はどうなるのでしょうか」
いいえ、そこまでは申し上げていません。
婚活における条件の実態を報じることには、公共的な価値があります。問題は報じることそのものではなく、**代表性のない事例を代表例であるかのように提示する形式**にあります。
たとえば同じ内容でも、「こういう希望を持つ方に取材しました。なお、統計上この水準を希望する層は少数派です」という一文が添えられているだけで、読者が受け取る像はまったく違います。それを添えると記事の勢いが落ちる、という事情があることは想像がつきます。しかしそれは、記事の勢いが誤解によって作られていたということでもあります。
### 反論7:「怒りが商品だというのは言い過ぎではないですか。良い記事だってたくさんあります」
その通りです。私は、すべての記事が怒りを商品にしていると申し上げているのではありません。
本文でも触れた通り、バーガーとミルクマンの研究は、むしろ全体としてはポジティブなコンテンツのほうが拡散しやすいと報告しています。「感動する記事」も同じメカニズムで広がります。
私が問題視しているのは、拡散力そのものではなく、**同じ拡散力を得るための製造単価の差**です。畏敬を呼ぶ記事には投資が必要ですが、怒りを呼ぶ記事は極端な発言を一つ拾えば成立します。この非対称性が、平均的な生産物を怒り側に寄せていきます。
良い記事はあります。ただ、良い記事は高くつきます。
### 反論8:「あなた自身がこの記事について論じることで、同じ循環に加担しているのではありませんか」
はい、その可能性は十分にあります。
私はこの論考の中で元記事の話題を再生産していますし、この論考が読まれれば、それは「話題になっている」という事実にわずかながら寄与します。この点で、私はこの構造の外側に立っていません。
ただ、一つだけ違いを主張させていただくなら、私はここで誰か個人を晒していません。取材対象となった女性が誰であるかは、この論考の議論にとって一切必要ありませんし、その人を責める意図もありません。燃料を追加するのではなく、燃焼のメカニズムを記述しようとしています。それが十分な違いなのかどうかは、読者のご判断に委ねます。
### 反論9:「そこまで分かっているなら、なぜあなたはこの手の記事をクリックするのをやめないのですか」
正直に申し上げれば、私はクリックしています。この論考自体、そうした記事を読んだところから始まっています。人間の注意は、意識で完全に制御できるものではありません。高喚起の刺激に反応するのは、生理的な反応に近いものです。
ですから、私は「クリックをやめましょう」という提案をしませんでした。守れない約束だからです。代わりに提案したのは、「クリックしたあとで、これは何パーセントの話かと一拍置くこと」でした。
これは妥協です。しかし、守れる妥協のほうが、守れない理想より役に立つと考えています。
### 反論10:「結局あなたも、『メディア批判』という別の炎上ジャンルに乗っているだけではないですか」
これも否定しきれません。「メディアが悪い」という語り口は、それ自体が使い古された高喚起コンテンツです。
だからこそ、私は本文で「誰の悪意もない」という点を繰り返し強調し、自分の主張が証明できていない箇所を三度にわたって明示しました。悪役を立てれば話は分かりやすくなり、拡散もするでしょう。しかし、悪役を立てた瞬間に、この論考は自分が批判している形式そのものになります。
読みにくく、盛り上がりに欠ける結論になったとすれば、それは意図的なものだとご理解いただければ幸いです。
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## 参考文献
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**書籍**
- 『ネット炎上の研究:誰があおり、どう対処するのか』田中辰雄・山口真一(勁草書房, 2016)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4326504226?tag=digitaro0d-22) / [勁草書房](https://www.keisoshobo.co.jp/book/b220024.html)
- 『正義を振りかざす「極端な人」の正体』山口真一(光文社新書, 2020)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/4334044956?tag=digitaro0d-22)
- 『ソーシャルメディア・プリズム——SNSはなぜヒトを過激にするのか?』クリス・ベイル著, 松井信彦訳(みすず書房, 2022)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/dp/462209083X?tag=digitaro0d-22) / [みすず書房](https://www.msz.co.jp/book/detail/09083/)
- 『「婚活」時代』山田昌弘・白河桃子(ディスカヴァー・トゥエンティワン[ディスカヴァー携書], 2008)[Amazon](https://www.amazon.co.jp/s?k=%E3%80%8C%E5%A9%9A%E6%B4%BB%E3%80%8D%E6%99%82%E4%BB%A3+%E5%B1%B1%E7%94%B0%E6%98%8C%E5%BC%98+%E7%99%BD%E6%B2%B3%E6%A1%83%E5%AD%90&tag=digitaro0d-22)
- Tim Wu, *The Attention Merchants: The Epic Scramble to Get Inside Our Heads* (Knopf, 2016) [Amazon](https://www.amazon.co.jp/s?k=The+Attention+Merchants+Tim+Wu&tag=digitaro0d-22) / [Penguin Random House](https://www.penguinrandomhouse.com/books/234876/the-attention-merchants-by-tim-wu/)
**論文**
- Jonah Berger & Katherine L. Milkman, "What Makes Online Content Viral?" *Journal of Marketing Research*, 49(2), 192–205 (2012) [PDF](http://jonahberger.com/wp-content/uploads/2013/02/ViralityB.pdf)
**統計・調査**
- 「令和6年分 民間給与実態統計調査」国税庁(2025年9月公表)[国税庁](https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan/gaiyou/2024.htm) / [結果解説(労働政策研究・研修機構)](https://www.jil.go.jp/kokunai/blt/backnumber/2025/12/kokunai_01.html)
- 「令和4年就業構造基本調査」総務省統計局(2023年公表)[統計局](https://www.stat.go.jp/data/shugyou/2022/index.html)
- 「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」国立社会保障・人口問題研究所(2021年調査)[国立社会保障・人口問題研究所](https://www.ipss.go.jp/ps-doukou/j/doukou16/doukou16_gaiyo.asp)
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### 著者プロフィール
kentrue(yousystem)
フリーランスクリエイティブエンジニア/現代社会構造分析フリーク/ミュージシャン/ビジネス寓話創作者/思想家/キャバクラ愛好家
麗澤大学不合格、中央学院大学不合格、千葉商科大学不合格、城西国際大学不合格、
日本大学農獣医学部食品経済学科不合格、明治大学商学部二部不合格、
日本大学法学部法律学科二部不合格、神奈川大学不合格、法政大学二部不合格、
専修大学石巻短期大学部不合格、千葉経済大学不合格、
日本大学短期大学部合格、日本大学経済学部1年の留年を経て卒業
ハッシュタグ
#アテンションエコノミー #炎上 #メディア論 #婚活 #選抜バイアス #SNS #情報流通 #社会構造分析
記事情報
公開日
2026-09-08 13:44:09
最終更新
2026-09-08 13:44:10