記事一覧
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小さな牙の使い方
従業員四十名の住宅設備メーカー、丸和工業の営業部長・関口達也は、業界最大手のセントラル住設が仕掛けた価格攻勢に頭を抱えていた。主力製品であるシステムバスのOEM先が次々と大手に乗り換え、この半年で売上が二割落ちた。
「正直、もう限界です」
月曜の営業会議で、若手の片桐が言った。片桐はこの三か...
正しい刃の行方
品質管理コンサルティング会社「アクシス・パートナーズ」の会議室に、重苦しい沈黙が垂れ込めた。
「結局、和泉さんのやり方では成果が出ないということです」
そう切り出したのは、入社五年目の柴田真帆だった。向かいに座る和泉孝介は、ゆっくりとペンを置いた。
アクシスは従業員五十名ほどの小さな会社...
ハンドルを握る男
朝七時の営業所で、配送ドライバーの堀田誠一(56)はその日のルート表を睨んでいた。二十年以上この仕事を続けてきた堀田にとって、都内の道はすべて頭に入っている。信号の変わるタイミング、渋滞の抜け道、荷物を最短で届ける順序。それが堀田の誇りだった。
「堀田さん、今日から新しいルート管理システム入ります...
意味の行き先
川村誠一が管理職になって十五年になる。
株式会社ミナトは社員二百名ほどの部品メーカーで、川村は営業管理部の部長を務めている。部下は十二名。数字の管理、案件の進捗確認、人事面談、経営会議への出席。やるべきことは常に明確で、川村はそのどれもを大過なくこなしてきた。
部下の退職を、何度か経験した。
...
「普通かな」
堀内賢太郎が株式会社ソラノを辞めたのは、入社七年目の秋だった。
送別会の席で、賢太郎はちょっといいスピーチをした。「七年間、本当にお世話になりました。あとはみなさんに託します」。穏やかな笑顔の裏で、彼は確信していた。——さあ、困るぞ。
賢太郎には自負があった。営業二課の業務改善提案、部内の勉...
見えない柱
真野恵子が辞めると聞いたとき、営業企画部の誰もが驚いた。
株式会社ハルカゼは社員四十名ほどの中堅メーカーで、恵子は入社六年目の中堅社員だった。特別目立つタイプではない。派手なプレゼンをするわけでも、大口の案件を取ってくるわけでもない。だが、部の仕事が滞りなく回っていたのは、間違いなく彼女のおかげ...
フチの裏側
経理部の主任・河野誠一は、自分の仕事ぶりに一定の自信を持っていた。
毎月の月次決算は期日の二日前には仕上げる。取引先への支払い処理は一度もミスをしたことがない。後輩の面倒も見ている。四十八歳、経理一筋二十五年。自分は「ちゃんとやっている側」の人間だと思っていた。
だからこそ、部長の白石から言われ...
休まない男
営業三課の課長・村瀬隆は、毎朝六時に出社し、夜十時まで席を立たない男として社内で知られていた。
「村瀬さんって本当にストイックですよね」
後輩の木下がそう言うたびに、村瀬は曖昧に笑ってやり過ごした。実際のところ、村瀬自身はストイックだと思ったことは一度もない。ただ、営業先の課題を解く方法を考える...
燃料を断つ
営業三課の課長、柴田真紀は、四月の異動で着任した新部長・黒瀬の「手腕」をすぐに見抜いた。
黒瀬はまず、チーム全員に向けて圧倒的な歓迎を見せた。「このメンバーなら必ず結果が出る」「俺はここに来るべくして来た」。一人ひとりの名前を覚え、過去の実績を引用して褒め、ランチに誘い、相談に乗った。着任一週間...
目詰まりの正体
花村紗希は、中堅システム開発会社「セルヴォ・テクノロジーズ」で五年目のエンジニアだった。
朝八時半、デスクに着いてPCの電源を入れる。セキュリティソフトの更新が走り、開発環境が立ち上がるまで四分。メールを確認しようとすると社内ポータルの認証に三十秒。そこからチャットツールを開き、チャンネルを巡回し...
聞くだけの男
深谷誠は、部下の話を聞くのが好きだった。
正確に言えば、好き嫌いの問題ではなく、そうなってしまうのだ。新入社員の不安も、中堅社員の愚痴も、取引先の世間話も、深谷の前に座ると人はなぜか饒舌になる。営業部の三課で課長を務めて六年になるが、成績はいつも中の上。飛び抜けた数字を叩き出すわけでもない。ただ、...
謝らない人
広報部の主任・三島奈央は、自分が出した社内報の誤記について、月曜の朝から対応に追われていた。
取引先の社名を一文字間違えた。それだけのことだった。気づいたのは金曜の夕方で、すでに全社員のメールボックスに配信済みだった。週末のうちに修正版を用意し、月曜朝いちばんで訂正メールを出した。同時に、該当の...
反射の王国
広告代理店「ブライト・スター」の企画部長・瀬川雅人は、社内で「光の魔術師」と呼ばれていた。どんな案件でも、旬のインフルエンサーを起用し、SNSのバズを設計し、数字を叩き出す。上層部の覚えもめでたく、四十二歳にして次期役員候補の筆頭だった。
「瀬川さん、今回もすごいですね。初動三日でインプレッショ...
止まれない男と、立ち止まった男
営業部の朝礼が終わると、課長の片桐は自席でため息をついた。
今期、部内のSNS施策を任された若手の宮本が、また問題を起こしていた。自社のビジネスアカウントに、競合他社を名指しで揶揄する投稿を上げたのだ。
「片桐さん、見ましたか。リツイートが三千超えてますよ」
宮本は端末の画面を見せながら笑って...
需要の在処
中堅化粧品メーカー「彩花堂」のマーケティング部長・三島聡は、午後の会議室で壁一面のホワイトボードを見つめていた。そこには新規事業のコンセプト案が三つ並んでいる。いずれも、三島の上司である常務・大河内の肝いりで進めてきたものだ。
「若い女性の肌コンプレックスを喚起するSNSキャンペーンと連動した美白...
拍手の設計者
瀬川拓人が「クラップ」を立ち上げたのは、二十八歳のときだった。
社内コミュニケーションツールに搭載した「拍手ボタン」は、同僚の仕事にワンタップで称賛を送れるシンプルな機能だった。メールで礼を言うほど大げさでもなく、何もしないほど冷たくもない。ちょうどいい距離感の承認——それが瀬川の着想だった。
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三つの財布
経理部の水野真紀は、予算会議の資料を前に眉をひそめていた。
社員研修プログラムの年間予算が、昨年比で二割も増えていた。提案者は人事部の佐伯課長。水野が経理として異動してきてからまだ四か月、社内の力学はまだ読みきれない。だが数字の異常は見逃せなかった。
「佐伯さん、この外部講師の費用なんですが。一...
一ミリの隙間
新製品の企画書を前にして、園田美咲は三度目のため息をついた。
マーケティング部の主任に昇進して半年。任されたのは、老舗食品メーカー「丸星フーズ」の新ブランド立ち上げという大仕事だった。美咲はこの仕事に全身全霊を注いでいた。企画書の文言を何十回も書き直し、プレゼン資料のフォントサイズを一ポイント単位...
伝え方の温度
製造業の中堅メーカー・丸栄精機の品質管理課に着任した新任課長の桐生和也は、着任早々、部下たちの仕事ぶりに頭を抱えていた。
前任の課長が「のびのびやらせる」方針だったこともあり、報告書の書式がバラバラ、検査手順の省略も散見される。桐生は前職で徹底した品質管理を実践してきた自負がある。このままでは取...
映える会議室
高木翔太が中堅Web制作会社・クロスフィールドの広報チームに異動してきたのは、三十二歳の春だった。
前任の広報担当が突然退職し、後任として白羽の矢が立った。社長の柴田から「うちのSNSアカウント、フォロワー三千人止まりだろう。一万人にしてくれ」と言われたのが最初のミッションだった。
高木はま...